第二章 第十二話
一階に向かい、ダイニングキッチンのドアを開けると、テーブルの椅子に座り、スマホを見ていた父さんがいた。きっと父さんもエキサの動画を観ていたのだろう。
だけど、俺はそれを気にせずに近づいた。
「途中までだけど、観たよ。動画」
「おう」
父さんはスマホから視線を外し、スマホをテーブルの上に置いた。そして、気恥ずかしそうに両手を組んで、俺のほうを見た。
「初めて動画を観たが、なかなか面白い奴らだな。実際に話している時も、元気がある若者だと思ったが」
俺が話したいことはそれではない。だから、俺は頭を横に一回振り、もう一度父さんを見る。父さんの目も真剣になった。
「父さんはさ。俺にまだラーメン屋を継いでほしいって思ってる?」
「颯太と一緒に継いでほしいと思っている」
父さんは右手の人差し指と中指を立てて、そう言った。
「翔が冷静に経営戦略を立てて、颯太が店主として店の味を守る。俺一人じゃできなかったことをお前たちにやってほしい」
だけど、と父さんは二つの指を折り畳んだ。父さんの顔を改めて見ると、目元や頬などにいくつかシワができている。父さんのこれまでの苦労が表に出ているようだった。
「だけど、それを押し付けることはできない。俺がそうあってほしいというだけで、お前たちの人生を縛ることができない。自由に生きてほしいと思っている」
もちろん罪を犯すこと以外はな、と父さんはそう言って、くすりと笑った。顔のシワがまた一つ増えた。
そこで俺の中の緊張の糸が切れた気がした。あの頃、父さんのラーメン屋を手伝った後、いつも賄いとして俺にラーメンを出してくれた。その時に見せてくれた表情と全く同じなのだ。
俺はゆっくりと歩を進ませ、テーブルを挟んで父さんと対面する椅子に腰を掛けた。そして、俺は両腕をテーブルの上に乗せて、俯いた。
「俺は……少し前まで将来、何をしたいのかわからなかった。どうやって生きて良いのかわからなかった」
俺はぽつりと弱音を吐いてしまった。
母さんに死んでしまったあの日から一度も泣いたことはなかったはずなのに、いつの間にか目頭が熱くなっている。
「父さんと颯太はラーメン作りに夢中で、俺はただ大学に通わせてもらっているだけ。将来が真っ暗だった。だけど、エキサの動画を観て、思い出したんだ。俺、本当は父さんのラーメン屋の手伝いをしたいんだって」
心から思っている言葉だ。
俺はあの動画を観て、改めて父さんのラーメン屋を手伝いたいと思った。昔の夢を叶えたいと思った。
「だけど、ラーメン作りの腕は颯太には敵わないだろうし、今更と思うかもしれないけど。大学で経営について、死ぬ気で学んで、死ぬ気で父さんの店を大きくしたい。俺は本気でそう思っている」
俺は不意に席を立ち、直立した。そして、父さんの目をしっかりと捉え、俺は素早く頭を下げた。
「俺に、俺たちに店を任せてくれ」
本当に虫のいい話だと思う。母さんが死んでから何も手伝ってこなかったというのに、就活が迫って来てなにもやりたいことがないからといって、家業を継ぎたいなんて言い出すなんて。
だけど、父さんは黙って頷いて、了承してくれた。こんなろくでもない俺を受け入れてくれた。
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