第一章 第十四話

 美由は男性が苦手だ。


 そう思い始めたのは美由が小学六年生の時のある出来事がきっかけだった。


 小学四年生からぐんぐんと身長が伸びていき、小学六年生の頃には身長が既に百五十八センチあり、クラスで一番身長が高かった。

 そのため、身長が高いことが気に入らなかった男子児童から『でか女』『デブ』『デブの八尺様』と、からかわれることが多くなった。しかし、その都度美由はからかってきた男子を捕まえて、身長も力も勝っている美由は暴力でその男子を懲らしめる。


 身長が高いからこそこんなことができる。

 だから、身長が高いことにコンプレックスを感じることはなかった。


 だが、小学六年生の夏休み。友達と都会で買い物をしようという約束をしていた美由は気合を入れて、母親に頼んで化粧をしてもらった。そして、お気に入りの服を身に纏い、壁に寄りかかって、スマホを触りながら友達を待っていた。


(早く着きすぎちゃったかな…)


 美由は口を尖らせながら、スマホ画面の上に表示されている現在の時刻を確認した。八時三十九分。集合時刻が九時であるため、約二十分早く着いてしまっている。

 時間を潰すために、近くにあった小さな公園のベンチで腰掛けながら、最近流行っているスマホゲームで遊んでいた。


 早く来ないかな、と思いながらスマホ画面を操作していると、美由を黒い影が覆った。美由が顔を上げると、自分よりも何回りも大きな体型をした男性がそこには立っていた。

 白色のタンクトップに黒色の短パン、サンダルという服装の男性は、周りに無精髭を生やしている口から息を荒く吐き出して、じっとりと美由のことを見ている。

 まるで涎を垂らしたクマに見られているような恐怖から、顔をあげてから体を動かすことも声を出すこともできずにいた。

 足の甲や指にムダ毛が生えている足を、じりりと擦りながら近寄ってくる。


「君がメイちゃん?」


 にやりと口角を上げた男性は美由に問いかけてきた。知らない名前だ。だが、まだ体は動かず、声も出ないため、返答ができない。


「プロフ画像よりも随分幼いんだね。でも、最近は写真の加工技術も上がってきているわけだし、あれくらい当然かぁ」


 一人で納得した男性は「じゃあ、行こうか」と美由に手を差し伸べてきたが、こんな危ない人の手を取れるはずがない。美由は何も返答できずに、美由は小さく体を震わせていた。

 

(怖い)


 その気持ちだけが美由の心の中を埋め尽くしていた。力では絶対に勝てない巨躯の男性が意味のわからない話を投げかけてくる。


(怖い、怖い)


 怖くて、怖くて仕方がない。だけど、その場から逃げ出すための足は震えて、言うことを効かない。座っていたベンチと尻の間に接着剤で付けられたかのように動かない。

 

 目が熱を持って、涙が溢れてくる。腹の底にある横隔膜が少しずつ震えていく。

 男性に対して、こんなにも恐怖心を感じたことはなかった。


 しかし、美由のそんな怯えた様子に気が付いたのか、男性は「あれ、ごめん。人違いだ」とだけ言い残し、舌打ちをしてその場を去って行った。

 去り際に「違うなら違うってさっさと言えよ」と吐き捨てていった。


 この出来事を美由は誰にも話せずにいる。

 その日の友達との買い物もそのまま行き、帰宅してからも両親に言わなかった。別に男性に何かされたわけでもない。

 だが、美由の心を覆い隠すような黒い靄ができた。


 この日以来、美由は男子児童にからかわれても、暴力で仕返しをすることはなくなった。からかってくる男子児童もいつかは大人になり、あの恐怖の象徴のような存在になり得る。大人になった時に報復されるかもしれないと思うと、受け入れるしかないと思ったのだ。


 美由はこの日の出来事を十九歳になった今でも鮮明に思い出す。そして、今の美由なら男性が話していた意味も何となく分かる。

 あの男性はネット上で知り合った女性と合流して、性行為に及ぼうと思っていたのだろう。そして、待ち合わせ場所の近くに大人びた化粧と身長の美由が座っていて、勘違いしてしまったということだろう。


 あの時の男性の目を美由は一生忘れない。

 忘れられるはずがない。

 今まで全ての男性に恐怖を感じながら生きてきた、


 だが。だからこそ美由は何故、エキサのしゅんにあれほど惹かれるのかを知りたいのだ。

画面越しだけではわからない。


エキサのしゅんだから怖くないのか。

元クラスメイトのしゅんだから怖くないのか。


確かめたい。

そして、好きという気持ちを伝えたい。


 同窓会の待ち合わせの場所から帰宅している間、美由はずっとそう考えていた。

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