第一章 第十三話

 指先から急激に熱が奪われていったような感覚に襲われて、美由は握っていたスマホを落としてしまった。スマホがアスファルトの地面にぶつかり、カンッと乾いた音が鳴り響いた。

 騒ぎ立てている大学生や足早に駅を離れていく社会人が美由の横を通り抜けていくが、美由の周囲だけはスマホを地面に落とした音だけが聞こえた気がした。


「え、え、え」


 訳がわからない。頭が真っ白になって、思考がまとまらない。

 足に力が入らず、美由は駅の柱に背中を預けた。


「なんでしゅんくんが来ないの……」


 これが最後のチャンスだと思っていた。

 有名人になった彼と親密な関係をこれから作っていくには何かきっかけがないといけない。美由はそのきっかけが今回の同窓会だと思っていた。


 だけど、その張本人が来ないのなら、美由がこの同窓会に行く意味はなくなったのだ。そもそも高校を卒業してから一年も経っていないのに、同窓会なんて開く意味が美由にはわからなかった。

 駅の周辺に掲げられている大きな丸時計が同窓会の待ち合わせ時間を指している。


 美由ははぁ、とため息を吐いた。

 この同窓会の為に、沙希からメイクもファッションを教わった。

 数か月前から体型を維持するために食事制限だってしていた。

 話す内容も、全て完璧に準備をしてきた。

 

 なのに。なのに。なんで。


 体や思考が全て溶けてしまったような感覚に襲われ、美由は全てがどうでも良くなってしまった。


(しゅんくんが来ないなら、行かなくていいや)


 美由は同窓会の幹事の個人チャットを開き、インフルエンザに罹ったから欠席することを伝えた。すぐに幹事から『了解』と送られてきたのを確認して、美由は待ち合わせ場所の駅から離れた。

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