第11話日常多めのお話が続きましたが…

「いえいえ。本当にお構いなく。心配になって車を走らせただけですから」



家に着くと葉は俺の母親に対して遠慮がちに口を開いていて。

しかしながら母親はどうしても葉を家に上げようとしている。



「そんなそんな。

母親の私が傘を持っていったかどうかも失念している中で迎えに行ってくれたんでしょ?

夕食ぐらい食べて行ってください。


そういうつもりじゃないと言うかもしれないけれど。

結果的に迎えに行ってくれたんですから。

お礼ぐらいさせてください。


お陰で剣は濡れずに帰ってこれて。

きっと明日も風邪を引かずに学校に行けますから。


剣も葉くんと一緒に居たいでしょ?」



母親は目で訴えてきていて。

どうしても葉にお礼をしたいようだった。


その気持ちを汲み取った俺は大きく頷く。

葉は観念したように苦笑すると。



「ではお言葉に甘えて…お邪魔します」



葉は丁寧に挨拶をすると靴を脱いで家の中に上がった。


そこから俺と葉は野球に関する話を幾らかして過ごしていて。

母親はいつもより多く豪華な料理を作っていた。


18時になる頃に父親が帰ってきて。

二人は挨拶を交わしていた。


そのまま食卓につくと。



「今日も本当にありがとうね。それに剣の平日練習に付き合ってくれているのも。

自分の時間を削って剣の面倒を見てくれてありがとう。

今までちゃんとしたお礼もせずに申し訳ない。


今日は車みたいだから…

今度は飲む機会があると嬉しいな。

飲めるんだろ?」



父の言葉に遠慮がちに頷いて返事をする葉だった。

葉はいつもの良さが出ていないように思うが。

殆ど初対面の人の家にいるのだ。

借りてきた猫のような状態になっていても可笑しくはない。



「いえいえ。こちらこそありがとうございます。

剣くんのお陰で失った青春を取り戻したような感覚がしていますし。

こちらこそ本当に助けられています。


次の機会では是非。

ご一緒させてください」



そんな堅苦しい挨拶をしていて。

母親が笑みを浮かべて口を挟むと。

俺達は夕食に手を付けていくのであった。





「葉くんはどんな仕事をしているの?失礼でなければ聞かせてほしいわ」



母の質問に葉は少しだけ困ったような表情を浮かべていて。

軽く俺に視線を寄越していたのは救いや助けを求めてのことだろうか。

それを察して…



「お兄さんは動画配信者なんだよ。しかもかなり人気者」



俺の答えで両親は一気に驚いた表情になり。

食事中だと言うのにスマホを取り出して検索をしているようだった。



「何ていうチャンネルなの?」



両親の期待する眼差しに観念したのか。

お兄さんは自身のチャンネル名を口にしていく。


それが当然のように検索にヒットしたのか。

両親は葉の登録者数を目にして再度驚いていた。



「えぇー!登録者100万人超えているじゃない!

これってかなり凄いことなのよね!?


とんでもない有名人なのね…

それなのに剣の迎えに行かせてしまってごめんなさいね。


顔バレとか怖かったんじゃない?

そんな中…本当にありがとうね」



葉は照れくさそうに微笑んでいて。

俺達はその後も食事を楽しみながら。

両親と葉は各々の仕事の話などに花を咲かせていた。


俺は食事を終えて一人で風呂に入り。

上がると葉は帰宅するようで荷物を持ってソファから立ち上がっていた。

どうやら俺が風呂から出るまで待ってくれていたらしい。



「じゃあ剣。また明日な」



「はい。今日は本当にありがとうございました」



感謝を受け取ってくれた葉はそのまま両親にも挨拶をして家を後にする。

そのまま車で帰宅するようで。

走り出した車が見えなくなるまで見送りをすると俺達は家の中に入る。



「剣に兄貴が出来たみたいだな」



父は笑顔でその様な言葉を口にしていて。

もしかしたら少し酔っていた可能性もある。


母も同じ様に嬉しそうな表情を浮かべていて。



「良い人だったわね。人気が出る理由もわかるわ。人当たりもいいし話しやすいし。

話し上手で聞き上手。

人気者な理由を垣間見たようだったわ。


剣とも仲良くしてくれて。

本当に良いお兄さんね」



両親の感想を耳にしながら

俺達親子は家の中に入る。

そのまま両親に就寝の挨拶をすると俺は自室に向かい。

ベッドで横になると素早く眠りにつくのであった。






数日後の土曜日。

チーム練習での一幕である。


「まずはアウトコースをしっかりと投げられるようになりなさい。

狙った場所に制球出来るように意識をしっかりと持って。

恐れがなければインコースに投げる練習もしよう。


イン・アウト、ハイ・ローの投げ分けを今の内に出来るようになれば。

中学やシニアに進んでも一年から投手として期待されるだろう。


もちろんストレートのスピードは今のままでは足りないだろうし。

ここからさきは変化球も投げられるようになる。


きっとカーブやスライダーを教えてもらい投げるようになるだろう。

ストレートに十分な威力やスピードがあればチェンジアップも教えてもらえるかもな。

兎にも角にも今は投げ分けがしっかりと出来る制球力を身に着けよう。


捕手の須山くんも投手の制球練習に付き合ってくれ。

投げて欲しいコースに構えて投手に要求して欲しい。

出来るかい?」



レギュラーチームの監督の指示に従って。

俺は先輩の投手と共に大きな声で返事をして。

そこから制球力強化の投球練習を始めたのであった。






六年生エースの全力ストレートは100km/h程だっただろうか。

エースが平均的に投げるスピードは95km/h程だっただろう。


時々上振れたのか上手に投げられたのか。

調子の良い投球が出来た時は100km/h程だった。


小学六年生の投手としてはかなり及第点と言えるだろう。

むしろ早い部類に入るかもしれない。

平均以上であると思われる。


そんな期待のエースのストレートを何処に配球するか。

俺は投手の苦手なコースと得意なコースを交互になるように配球していた。


それによって投手も幾らか気持ちよく投げられているようで。

中々実りのある投球練習の時間を過ごした。



「お前一年生なんだろ?何でレギュラーチームにいるんだ?」



投球練習で投手を努めていたエースに話しかけられて。

俺は何とも言えない表情を浮かべて首を傾げていた。



「自分でもわからないって感じだな。俺は一年生からチームに居るが…

今まで飛び級するように早い段階でレギュラーチームに上がってきたやつなんて居なかった。

何かあったのか?」



俺は憶測や推察でしか無いが。

事実と思われることを口にすると六年生投手は困ったように笑っていた。



「小学生の早い段階から面倒事に巻き込まれたんだな。

その実力ならこの先もそういうトラブルが付き纏うかもしれないが。

とにかく今は一足先にレギュラーチームで練習が出来るんだ。

色々と学んで経験になると良いな」



一緒にクールダウンに付き合っている最中の出来事で。

先輩はそれだけ言うとボールを受け取ってベンチに戻っていく。


俺もそのままベンチに戻って座りながら防具を外していた。



「簡単に捕球するものだな。仮にもレギュラーチームのエースの球だぞ。

早いと思ったり恐怖を感じないものかね。

流石は天才ってやつだな。

俺が監督の間にそういう存在に出会えて光栄に思うよ」



監督のでかすぎる独り言のような言葉を受けながら。

俺は防具を完全に外す。


そのままバッティング練習へと移行して。

投手も捕手も保護者のコーチ陣が努めてくれていた。


打席に立つ人とネクストの人。


それ以外は守備につき。

バッティング練習を終えた人が守備につくと。

今まで守備についていた一人がネクストに向かう。

ネクストの人間が打席に入り…


この様なサイクルでバッティング練習が行われて。



本日土曜日の練習は夕方の16時頃に終了となる。

保護者が迎えに来ていて。

俺達は迎えに来てくれた親の車で帰宅すると。

日曜日の公式戦に向かうのであった。




日曜日が来ても俺は試合には出られない。

大会は続いており。

本日も公式戦であるからだ。


俺はベンチで応援をして。

試合が終わると午後からの練習を目一杯に取り組むのであった。






翌日の月曜日。

登校すると担任教師から呼び出されていて。

俺は空き教室で担任教師と二人で向かい合っていた。



「剣くん。最近どうですか?学校生活で困ったことはない?

嫌なこととかいじめにあっているとか。

そういう悩みごとはない?」



不意に投げかけられた言葉に俺は意味がわからずに首を傾げる。

その様子を目にした担任教師は苦笑するような表情で続ける。



「大丈夫よ。何でも話して?剣くんが告げ口したとか誰にも言わないから。

そもそも悩みを口にすることは告げ口なんかじゃないでしょ?


誰だって弱いの。

だから誰かに助けを求めたりするのは何も間違いなんかじゃないわよ。


友人にだって周りの信頼できる大人にだって。

いつだって助けを求めていいのよ」



担任教師の言っていることに思い当たる節がなく。

俺は困ったような苦笑を浮かべながら口を開いていく。



「いいえ。何も困っていませんし悩みもないですけど…」



俺の少しばかりの困り顔を確認した担任教師は思っていた答えでは無い言葉が返ってきて驚いているようだった。



「じゃあクラスの女子が剣くんの様子が変って言っているのは?

女子だけじゃないわよ。

剣くんのお友達も言っている。

皆んな心配なのよ。

何でも良いから言ってみてくれない?」



しつこい問答に俺はかなり苛立ちを感じ始めていたことだろう。

しかし何か答えないと終わりそうもなかったので。



「そうですね。もっと野球が上手になりたいという悩みならいつでも抱えています。

それ以外はまるで悩んでいません。

正直に言うと野球に関係すること以外はどうでもいいので。


もちろん授業は真面目に受けていますし。

帰宅してからの予習復習はしっかりとしています。

そのため今のところは勉学にも悩みは無いです。


もしかしたら周りから見て俺は可笑しく映るのかもしれないですね。


今の俺にとって野球以外は眼中にないので。

それぐらい全てを掛けて全力で取り組みたいことに出会えただけですよ。


皆んなにはそれが変に思うのかもしれないですが…


それと…学校生活やそれ以外の場面でも何も悩んでないですよ。

本当に今の俺の悩みは野球だけです」



「………そう…なのね…分かったわ。先生の勘違いだったみたい。ごめんなさい」



そんな一幕があり。

しかしながら担任教師は最後に一言付け加える。



「じゃあこの間の雨の日に迎えに来ていたのは?お父さんでは無いわよね?

歳の離れたお兄さんがいるとも聞いたことはありません。

親戚とか?」



「あぁー。野球を教えてくれている人です。凄く良い人で。心配で迎えに来てくれたんですよ」



「それって大丈夫なの…?」



「両親とも仲良しですから。問題ないですよ。では」




それだけ答えると俺は教室に戻る。

そして放課後が訪れると本日も逆井家に向かう。

平日特訓の日々はまだまだ続くのであった。




次回へ…!

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