第9話逆井葉と言う男性について

成長速度は人によってそれぞれで。

早い段階から凄まじいスピードで成長をする人間もいれば。

周りよりも少しばかり気付きを得るのが遅い人間もいる。

どちらが良いとは一概に言えないのがこの問題の厄介な所だ。


早急に成長をした人間が際限なくいつまでも同じスピードで成長するかと問われたら。

少しばかりだが首を傾げざるを得ない。


ただしもちろんのことだがここにも例外は存在する。


いつまでも際限なく成長の余白や伸び代が残されていて。

成長する度にそれも同じ様に伸びて増えていくと言うチートキャラのような存在も確かにいる。


ただこの世には大器晩成型などと言う言葉もあるように。

少年の頃は目立った選手ではなかったはずが。

歳を重ねるごとに突如として頭角を現すことも往々にしてあるのだ。



俺は剣という存在をかなりのチートキャラの部類に入る存在だと薄々気付いていて。


しかしながら剣のライバルである神田吹雪は…

そんな剣を余裕で飛び越えてしまう雲の上の存在であることも認識してしまっていた。


教え子の前でそんな残酷な事実を言えるわけもなかったが。

剣はその事実に真正面から向き合っている。


その事実を理解しているのに腐らずに努力を続ける剣を俺は人間として尊敬する。

子供ではなく。

一人の大人として。

剣に対して手放しの尊敬の念を抱いているのだ。


あの頃の俺に出来なかったことを。

眼の前の少年はやってのけている。


悔しさや投げ出したい気持ちを心の何処かに頭の片隅にちらつかせながら。

それでも剣は決して逃げ出さないのだろう。


そんな剣に俺は。

大きすぎる期待をしてしまっているのだろう。


少しばかり情けない俺を吹き飛ばしてくれるのでは無いかと。

少なくない期待を剣に寄せていたのだろう…。






「葉さん。最近配信時間変えたんですね。

幾ら夜が配信のゴールデンタイムだって言っても…


開始時間も遅いですし朝方までやっているんでしょ?

リスナーから苦情が来ないですか?


それに葉さんの体調も心配ですし。

健康診断行ってます?

人間ドックとか受けたほうが良いんじゃないですか?


喫煙者じゃないのは聞いていますが。

結構お酒好きでしたよね?

たまには休養も取って身体を労ってくださいよ」



友人の男性配信者から連絡が届いて。

俺達は通話を繋げながら仕事の作業を行っていた。


個人で活動している配信者でも案件などがあり。

配信以外の部分でも作業があったりするのだ。



「そうだな。忠告ありがとう。善処するよ」



素っ気ない返事に相手は少しばかり気分を害したのか。

続けて文句のような言葉を口にしてくる。



「なんか最近配信にも身が入っていない様に思うんですが…

他に集中できるものが見つかったとかですか?


それとも昔の事を思い出して引きずっているとか?


ほら…以前話してくれたじゃないですか。

野球の…」



相手の無遠慮な言葉に少しばかりの苛立ちを覚えて。

けれどそれを全面に押し出して喧嘩をするのが得策でないことを俺も大人なので理解していた。


相手は俺の配信のファンで。

その影響を色濃く受けている。


俺がそう感じたわけではなく。

周りの配信者やリスナーから言われて知ったことだ。


それに加えて初コラボの時に本人から直接言われたこともある。

お世辞や社交辞令の可能性も捨てきれないので完全に信じているわけではない。


しかしながら仮にも彼が俺のファンであるならば。

そういう存在を大事に出来ない人は配信者に向いていない。

その持論を思い出して。



「すまん。大事な人のことでな。色々と悩みがあるんだよ。


確かに最近は配信に実が入っていなかった。

配信中もその人の事を考えてしまっていた。

悩み事が尽きなくてな。


リスナーには申し訳ないことをしたな。

リスナー代表の君が言うんだから他の人達もそう感じていたんだろう。


素直に謝るよ。申し訳ない」



俺の謝罪を受けた相手はかなり動揺しているようで。

急に早口になって弁解の言葉を口にしていく。



「いやいや!葉さんを責めたいわけじゃないんですよ!

僕も文句みたいになってしまって申し訳ありません!

出過ぎた真似をしました!」



相手の謝罪を受け取って。

少しばかりの時間だったが無言の状態が俺達を包んでいた。


彼はその状況に少しばかりの気まずさを覚えたようで。

思わず耐えられなくなったのか通話を切ってくれる。


俺はほっと胸をなでおろして怒りを何処かに霧散させていた。



「通話終わりました?入って良いですか?」



本日のコラボ相手である個人Vの女性からチャットが届き。

俺は了承の返事をして通話を待っていた。



「お疲れ様です。LMさんと通話していたみたいなので遠慮して待機していました。

葉さんのファンボは健在でしたか?」



個人Vの梅雨之雨つゆのレインは少しばかりの笑みを浮かべた声で通話ルームに入ってくる。


LMこと先程のファンボ配信者のことを確実に薄ら笑っているのが理解できてしまう。

それにも確実に嫌気のようなものを感じながら。


けれどこれからコラボ配信をするため。

そんな感情をお首にも出さず。

俺は笑って応答していた。



「ははっ。そうだね。ありがたいことに俺のことを心配してくれていたよ。

ああいう存在はいつまでも有り難いものだと痛感したところだよ」



俺の返答が気に入らなかったのか。

彼女は少しだけムスッとした声で返事をよこす。



「あれって一種のガチ恋ですよ?迷惑じゃないんですか?

もしも迷惑なら私から言っておきますけど?


葉さんに迷惑かけるとか誰も得しない最悪な行為なので。


LMさんとは何度もコラボしていますし。

何でもあけすけに言い合える仲なんですよ。


葉さんが望むなら私から上手く言っておきます」



その返答に俺は確実に苦笑していたことだろう。


だから俺は無理矢理に笑みを繕って。

その嘘の感情を声音に乗せて答えていた。



「いやいや。全然迷惑なんかじゃないよ。

LMくんは配信者としての俺が好きなだけだし。

純粋にファンってだけでしょ。


ガチ恋って大げさだよ。

彼からリアルで会いたいって言われたことなんて一度もないよ。

活動を始めて数年経つけど。


それに俺にガチ恋って…いるわけ無いでしょ。


レインちゃんの考えすぎだよ。

でも心配してくれる気持ちは有り難いから受け取っておくね。

ありがとう」



そんなのらりくらりとした言葉でやり過ごして。


彼女が続けて何かを言いかけていたが。

俺は強制的に話題を変更して。


本日のコラボ内容を事前に詰める打ち合わせを配信開始時間数分前まで行うのであった。






思った以上にコラボ相手である梅雨之雨が配信を終わらせてくれない。

と言うよりもそういった提案が出来る雰囲気を少しも出さない。

ある種のテクニックだろうが。

配信を切り上げようとする提案を出させない様に会話や雰囲気を操っているようだった。


リスナーも巻き込んで。

と言うよりも先導して空気づくりを完璧に行っているとしか思えなかった。



彼女と通話を開始したのが21時過ぎ。

そこから世間話や打ち合わせ込みで通話をし続けて。

コラボ配信が始まったのが23時だった。


そして現在時刻は朝の4時。

賞味7時間ほど彼女と接していることになる。

コラボが始まる前に予定していた時間を遥かに超えている。


実際は1時ぐらいには切り上げようという話であったのだが。

それを3時間も超えていて。

今も尚その時間が続いていたのだ。


個人Vである彼女も。

個人配信者である俺も。

現時点で登録者が100万人を超えている。


人気があると言って過言はなく。

特に配信の同説人数をかなり稼ぐ同士であったので。

朝方のこの時間でもかなり多くのリスナーがリアルタイムで配信を観に来てくれていた。


そういう事情も相まって。

俺達は配信を終わらすタイミングを失っていたのかもしれない。



そこから二時間が過ぎた所で俺達はどうにか配信を終えるタイミングを見つけることになる。



「あかん。もう支度しないと出社に間に合わない。残りはアーカイブで見るしか…」



そのコメントをきっかけにして俺達は配信を終えようと言う話に落ち着き。

別れの挨拶をして。

俺はすぐにベッドに潜り込みたい気分だった。


今日の15時からも剣との平日特訓があるのだ。

そう思ってコラボ相手であるレインに本日の感謝を告げて通話を切ろうとするのだが。



「もう寝るんですか?

感想会っていうか…コラボの感触をお互いに確かめた方が良くないですか?

エゴサとかして私達のコラボの評判を知っておかないと次に繋がらないでしょ?

それ以外にすることってあります?」



そんな答えが返ってきて。

俺は相手のプロ意識を尊重したかったが。

15時から剣との平日特訓が待っている。

だから…



「ごめん。今日は大事な人と予定があるんだ。

そのためにも少しでも寝ておきたくて。

エゴサは後で自分でしておくから。

今日はもう寝るよ」



「………」


その答えに相手は完全に納得していないようで。

無言の圧力をかけてくる。



「大事な人って恋人ですか…?」



これも俺のプロ意識を試す問なのだろうか。

俺は彼女の質問の意図を汲み取ることが出来ずに居たが…



「いいや。そういうのじゃないけど。けれど凄く大切な存在なんだ。

申し訳ないね。

一分でも多く休みたいんだ。

だからここらで通話を切るよ。

おやすみ」



殆ど一方的に通話を切った俺はすぐさまベッドにダイブした。



目を覚ました14時過ぎに支度を整えて。

本日も15時から始まった剣との平日特訓の時間が過ぎていく。


実りある練習の時間があっという間に過ぎ去っていき。

いつものように車で剣を自宅まで送り届けて帰宅する。


自室のパソコンを起動して。

俺はチャットルームに届いている数々の通知を目にして。

本日もまたモニターに映し出されている現実に嫌気が差して。

どうにか一つ一つに返事をするのであった。





もちろんその中には俺のファンボであるLMや。

昨日のコラボ相手であるレインからの鬼のような通知の数々があったことは言うまでもない。


俺に妻子や恋人がいるのでは無いか。

などという憶測を含んだ心配している風の自分勝手な通知が含まれていたことは言うまでもない。


こんな髭面の俺が少なからずモテているのも。

配信者としてのバフが掛かっているだけかもしれない。


何かしらのバイアスが掛かった結果。

幾らかのガチ恋勢を生んでしまっていたのだろう。


俺は今後の身の振り方を考えながら。

本日も毎日の配信業に取り掛かるのであった。






本日は葉の日常。

剣の平日特訓以外の日常の時間をお送りしました。


葉が剣と接していない時。

どの様な人物像であるのか。


読者の皆様に深く理解してもらうために。

今回の葉の日常パートでした。




では次回へ…!

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