第7話憂さ晴らしのトスバッティング
休日のチーム練習が行われていて。
一年生から三年生までのジュニアチームは固まって練習に取り組んでいた。
打撃練習で俺は保護者が努める投手から何本も大きな当たりを連続して飛ばしていた。
守備練習での積極的な声掛けや的確な指示が少しばかり周りの人達から疎ましく思われつつあったようで…
「須山…悪いんだが…レギュラーチームの練習に混ざってきてくれ…」
監督の微妙な表情で様々な情報をキャッチしていた俺だった。
きっと保護者が文句を言ったのだろう。
俺の存在のせいで自分たちの子供がやる気や自信を失うと監督に直談判したことは明白だった。
「練習だけですか?試合はどうなりますか?」
俺の純粋な疑問に監督は申し訳無さそうな表情を崩すことは無かった。
答えを口にするのも憚れたのか。
どうしようもない表情で首を左右に振るだけだった。
俺はそれ以上何かを言うこともなく。
帽子を取って頭を下げると荷物を持って反対側のグラウンドで練習をしているレギュラーチームに混ざっていく。
本来であれば四年生から六年生しか存在しない場所へと向かうと。
レギュラーチームの監督に挨拶を行う。
「本日よりお世話になります。須山剣です。よろしくお願いします」
俺の挨拶を耳にした監督は保護者が用意したであろう仰々しいキャンプ用の椅子に腰掛けたまま帽子を取った。
「はい。どうも。一年生なのにとんでもない実力の選手がいるって噂だったけど。
手に負えないと聞いていたんだが。
礼儀正しい子じゃないか。
ジュニアの監督は何を見てそんな事を言ったのか。
俺にはわからないな。
ポジションは捕手だったね。
丁度コーチ主導でノックしている最中だから。
加わると良いよ。
ルール上。
君を公式戦に出すことは四年生になるまで難しいだろう。
でも安心して欲しい。
実力を証明できれば練習試合で起用するよ。
だから全力で励んでくれ」
帽子を取って大きな声で返事をすると。
俺はミットを持って定位置に向かおうとしていた。
「あぁーそっか。防具はジュニアチームに返してきたんだね。
レギュラーチームの予備があるから今日からそれを使いなさい。
ジュニアチームと同じ様に整備と管理は君に任せるよ」
再び返事と感謝を告げると俺は防具を装備して守備位置に向かうのであった。
レギュラーチームに飛び級で加わった初日。
シートノック中心の守備練習。
シートバッティング中心の打撃練習。
ベースランニング中心の走塁練習。
決まったセットプレイを確認する走塁も兼ねた守備練習。
トスバッティングで各々がしっかりと確認するミート練習。
選手全員で沢山の球を使用した遠投での肩力向上練習。
バットを力強く鋭く振り抜く事を確認する素振り。
パワー向上やバットの重さに慣れて。
しっかりと振り抜くことを再確認するトレーニングだったことだろう。
そうした初日の練習の結果を目にした監督は…
練習終わりに声を掛けてきた。
「須山くんだったね。練習試合では君を起用すると約束する。
正直驚いたよ!
天才って本当にいるんだって無邪気に驚いてしまった!
君が早く四年生になるのが楽しみで仕方がない!
これからの活躍に更に期待する!」
俺は監督に感謝の言葉を口にして。
両親が迎えに来ていたので別れの挨拶をする。
そのまま両親の車に乗る頃。
俺は独り言のように嘆きの言葉を漏らしていた。
「本物の天才を知らないから…俺を天才なんて表現するんだろうな…
俺は天才なんかじゃないのに…」
まるで自分を諦めているような言葉に思うかもしれない。
しかしながらそういうわけじゃないのだ。
俺は自分を天才だなんて思っていない。
けれど誰よりも努力を重ねて…
いつの日か俺が認めた…
いいや…世界が認めた天才に追いつき…
いずれ追い越す存在になることを夢見ている。
諦めの言葉ではない。
俺は天才ではないが…
いずれ天才を超える存在になるのだ。
そういう固い決意を含んだ言葉だったのだ。
それを理解できる存在は俺と…
もしかしたらお兄さんだけなのだろう。
そんな事を僅かに考えながら。
俺は家までの道のりをウトウトとした気分で目を閉じて。
殆ど眠りの世界に足を突っ込んでいたのであった。
日曜日の公式戦で俺はベンチで応援をしていた。
レギュラーチームは大会途中であったらしく俺だけが背番号を付けていない。
そもそもレギュラーチームとジュニアチームは公式戦のユニフォームが異なっており。
俺は昨日イレギュラーな形でレギュラーチームに飛び級したので。
練習用のユニフォームを着てベンチで応援をしていた。
監督は試合を見ながら俺と会話をして過ごしていたり。
控えの選手の起用の出番を考えているようで。
時々やる気のある選手を自らの中でピックアップしているようだった。
代打起用、代走起用、守備起用、投手交代のタイミングを図っていたのだろう。
そうして長くも短くもない試合時間が過ぎ去って。
レギュラーチームは2−1という接戦で公式戦を勝利で飾っていた。
監督のミィーティングが行われていて。
俺達は昼食を取って午後の練習に備えていた。
昨日と同じ様なメニューを行って。
しかしながら俺は物足りなさを覚えていた。
早くお兄さんとの平日練習がしたいと思いながら。
日曜日である本日もチーム練習で時間が溶けていくのであった。
月曜日がやってきて。
学校で授業を終えると俺は駆け足で帰宅した。
母親は間食を用意してくれていて。
俺は身体づくりのために効果的な食事を摂ると。
すぐに平日練習の支度をしていた。
「今日も逆井さんの家?」
それに返事をして楽しみであることを告げると。
母親は車で送ってくれるそうで。
支度を整えると俺は母の運転で逆井家まで向かった。
「あぁー。どうも。丁度母が在宅なので。良かったら家に入ってください」
お兄さんは珍しく大人らしい対応をして母を家の中に招いていた。
お兄さんの母親が玄関に現れて。
俺の母を歓迎していた。
そのままリビングに向かうようで。
俺とお兄さんはいつものように庭に出た。
「捕球練習ばかりで飽きないか?
そう言えば聞いていなかったが打撃の方はどうなんだよ」
お兄さんの疑問に応えるように。
俺はチームで実力が認められてレギュラーチームに飛び級した話をする。
「話を聞くに。何となく体良く除け者にされたって感じだな。
でもまぁ上手すぎる選手の宿命みたいなものでもあるよな。
特に少年野球だとそういう話があるってたまに聞いたことがあるよ。
周りの子供達とやる気の温度差が違ったり。
それこそ実力がかけ離れすぎて他の子供達が自信を失くすとかな。
そういうのは子供が主張するよりも親が出張ってくるパターンが多い。
そのジュニアチームの監督も困っただろうな。
チームの主力選手を省く決断を強制的に迫られたんだろうから。
親は自分の子供が活躍することを望むから仕方ないにしてもな。
そういうやり方は少年野球以上のステージに進んだら通用しない。
それに早く気付いたほうが得なんだけどな。
そんな事をしても子供のためにならないし。
剣の実力が陰るわけでも自分の息子の実力が向上するわけでもない。
それに薄々気付いているんだろうがな。
それでも大事な子供の前に転がる大きすぎる存在を排除したくなるのも親なんだろうな。
まぁ俺は親になったことねぇからわからんが。
子供が居たとしても◯ぬ気になって追い越せとしか言わん。
根本的な解決にならんことをする意味はねぇからな。
ただ少年野球より先のステージで野球をする気が無いのかもな。
だから現段階で子供が自信を喪失する前に。
邪魔な存在を排除したのかもな。
親になったことが無い俺には理解に及ばない考えだが。
他人の家の教育方針に文句を言うつもりも口を挟むつもりもねぇが。
こうやって嫌な思いをしている剣がいるって事は知っていてほしいものだぜ。
それに俺は確かに憤慨しているんだろうな。
だからこんなにもつらつらと文句が溢れてくるんだ」
お兄さんはいつになく苛立っているようで。
普段以上に早口で言葉を紡いでいた。
ひとしきり文句を垂れてなんとか納得したのか。
お兄さんはスポーツドリンクを手にしてそのまま口に運んで。
喉を潤すと立ち上がる。
そのまま倉庫に向けて歩き出していて。
バットを持って俺の下へ向かってきた。
「一応高校野球の硬式バットだ。かなり重たいが。
硬球を打つ場合はこれだけ固く無いとバットが凹む。
金属バットなのに軟式用のバットで打てば簡単に凹むんだ。
それほど硬球は固く重たい。
そして硬球を扱う投手の球は速く重い。
高校野球硬式の金属バットがこれだけ重いってことを知っておいて損はないぜ。
少しだけ打ってみるか?
トスしてやるよ。
ネットに向けて打ってみようぜ。
一昨日から感じているであろう鬱憤を思いっきり晴らしてみろ。
そういう穢みたいな感情を心に溜め込んで良い事なんて一つもないぜ?
今日は目一杯トスバッティングに付き合うから。
憂さを完璧に晴らしておけ」
お兄さんの言葉に頷いた俺はそのままネットの方へと向かう。
お兄さんは倉庫から硬球が沢山入ったかごを持ってやってきて。
そこから俺達はトスバッティングの時間を長い事続けたのであった。
本日のお兄さんは指導することは一切無く。
ただただ自由に打たせてくれていた。
俺はあまり感じていなかったのだが。
どうやら信じられないストレスを感じていたようで。
全ての憂さを晴らすように一心不乱に重すぎるバットのことなど気にも留めずに。
ただただがむしゃらにトスバッティングに集中していたのであった。
18時を迎える頃。
俺は思わずお兄さんに少しの弱音を口にしていた。
「もう少年野球団を辞めてお兄さんとだけ練習していたいです。
シニアに入るまででも良いので…
そうすることは出来ませんか?」
俺の弱音にお兄さんは下手くそな笑みを浮かべる。
しかしながら思ったような肯定の返事は来ずに。
明らかに否定する言葉が返ってくる。
「確かにシニアチームに入団すればちゃんとした指導者に巡り会えるだろう。
それまで俺と練習したいって気持ちもわかる。
今の剣の境遇を考えれば考えるほど。
だけどな…少年野球団を辞めるのは得策じゃない。
とにかくチームに所属していることは大事なことだ。
今のお前に分かるかどうかは不明だが。
チームに所属しているだけで。
公式戦で活躍を続けるだけで注目されるんだぜ?
それは即ち代表選手に選ばれる機会がある可能性をはらんでいると言うことだ。
代表に選ばれれば同世代のトップ層の選手と一緒にプレイが出来るんだ。
指導者だってそうだ。
代表の監督やコーチに指導してもらえる機会なんて。
殆どの選手が経験できないことだ。
それは今後の野球人生で明らかなアドバンテージになるだろう。
だからチームに所属しているというのは明らかな利点と言える。
個人で練習している選手が選ばれる可能性がゼロとは言わんが…
ありえないほどの豪運の持ち主しか。
そのパターンは無いと思ったほうが良い。
だからチーム練習に物足りなさを感じても。
今の内からチームに所属していたほうが良い。
少しばかり先を急いだ話をしているがな…」
お兄さんはそこで意味深にも言葉を区切る。
俺は弱い所をつくわけでは無かったが質問をしていた。
「俺が代表に選ばれると思いますか?」
そんな誰にもわからない質問をして。
お兄さんの肯定の返事を耳にして。
自らの能力の現在地に安心したいわけではなかったが。
それでもお兄さんからの評価が知りたかったのだ。
「当然だろ。小1が高校野球の硬式バットを当たり前のように振って打ってるんだぜ?
少なくとも打撃面でお前に敵うやつがいるとは思えねぇよ」
お兄さんの言葉に俺は反射的に反論をしていた。
別に苛立ったわけでも心に引っ掛かりを覚えたわけでもない。
ただただ事実を事実として口にする。
反論という名の正論を口にしていただけだった。
「いますよ。神田吹雪っていう。俺のライバルが…」
「神田…?まさか…」
お兄さんがなにかに気付いて。
何かを言いかけた時。
そこでタイミング良く家の中から俺の母親が出てきて。
「葉くん。今日もありがとうね。今度うちにも来て頂戴。
お料理を作って旦那と剣と私と一緒に食事をしましょう。
歓迎するわ。
それにちゃんとお礼も言わせて。
自分の時間を削ってまで剣の面倒を見てくれて本当にありがとうね」
俺の母親は葉に対して純粋な感謝の言葉を口にしていた。
「いいんですよー。毎日家にいるだけなんですから。
誰かの役に立っていて母親として安心したぐらいですから。
気にしないでください。
これからも剣くんの為に時間を使わせてやってください」
葉の母親はあっけらかんとした表情で軽口を叩いていて。
俺の母親も何かしらの事情を察しているのか。
親子のやり取りを見て柔和な笑みを浮かべている。
「では今日はここらへんで御暇いたします。またよろしくお願いいたします」
母親と共に挨拶をすると俺達は車に乗って帰宅するのであった。
配信前に俺はネット記事を漁っていた。
もちろん野球関連の。
本日の配信では野球にまつわるゲームをするつもりだった。
調べていたのは神田吹雪と言う少年について。
俺はとんでもないほど溢れかえっている記事を一つ一つ目で追っていた。
もちろん英字で記されているものには翻訳アプリを使用して。
大絶賛の言葉で溢れかえっている少年の記事を見て俺は言葉を失った。
「おいおい…まじかよ…コイツが剣のライバル…今のところ勝ち目が…」
そんな嘆きの言葉が自然と漏れていて。
しかしながら俺は教え子の可能性を否定する言葉に頭を振って。
配信開始ボタンを押す。
「えー。今日は野球のゲームをするわけだけど。
プロとかメジャーとか高校野球とか。
野球ファンにも色々といると思うけど。
一つ聞いていいか?
今日の配信には野球好きが集まっていることだと思うが。
神田吹雪って知ってる?」
その質問に対して。
野球好きが集まった配信のコメント欄は…
異常なスピードで流れていく。
俺はコメントを目で追うことも出来ず。
ただただ呆れるように大きなため息が漏れてしまう。
「まじかよ…」
何とも言えない絶望にも似た言葉が漏れて。
俺は配信を今すぐやめたいと思いながらも。
盛り上がっているリスナーを置いていくことが出来ず。
今日も今日とて。
殆ど自棄っぱちな感情のまま。
朝方まで配信を続けるのであった。
剣のライバルの正体をしっかりと知った葉はどの様な練習メニューを構築するのか。
剣は野球仲間と今後どの様に接していくのか。
様々な問題を抱えながら…
剣と葉は明日へと向かうのであった。
次回へ…!
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