第4話これこそがクロスオーバー作品の良いところ
高校野球と言う輝かしい青春の日々に幕が閉じて数年が経過していた。
次のステージである大学に進学する予定が決まっていた俺だったが。
高校卒業間近に引きこもりになったことに理由なんか無かっただろう。
ただただ無力感を感じていたことだけは確かだった。
そして時間という自然な流れに強制的に奪われる形で俺の青春の日々は幕を閉じてしまったのだ。
いや、待て。と思った人もいることだろう。
大学に進学しても青春は待っているはずだと思う人がいるのは分かっている。
しかし俺にとっての青春は仲間との野球の日々を指している。
大学デビューを果たして異性と仲を深めることが俺の青春では無かったのだ。
では大学でも野球をすればよかっただろ。
と思う人もいることだろう。
しかしそれも違うのだ。
俺は高校の仲間と共にする野球が青春で好きだったのだ。
それが確実に俺の青春という不確かな存在の正体だった。
何もかもを失うような喪失感を覚えながら。
俺の人生にはポッカリとした穴が空いていた。
それを埋める人物が現れるか。
この時の俺は何も知らなかったのだ。
窓もカーテンも締め切った暗い室内でモニターだけを眺めていた。
運動不足な身体を心配することもなく。
ただ夢中にゲームに時間を使っていた。
今の自分の鬱憤を晴らすように。
モニターに映る自分を投影したキャラが敵をなぎ倒し続ける。
それに仮初の満足感を覚えながら一日が過ぎていく。
鬱々とした空気が室内に充満していて。
何気なしに窓を開けて空気の入れ替えをしていた。
ベランダに立ってタバコに火を着けて…
眼の前の空き地に視線を向けていた。
一人の少年の姿が目に飛び込んできて俺は目を擦る。
その少年はどうやらキャッチャーミットを手にしていて。
盗塁阻止の練習をしているようだった。
俺は捕手では無かったが懐かしい光景を目にして思わず見惚れていた。
それは少年の一連の動きがかなり洗練されており美しいとすら思ったからだろう。
タバコを吸っていることも忘れて。
灰がポロリと足元に落ちて我に返る。
灰皿にタバコを捨てた俺は思わず階下に降りて家の外に出ていた。
家の前の空き地へと向けて歩いていて。
久しぶりに太陽の下に出た俺だったが。
そんな事を今は気にしている暇もなかった。
兎にも角にも少年と話がしたかった。
もしかしたら俺は失われた青春を取り戻せる。
そんな気がしていたのかもしれない。
「お前…いつか絶対に良い捕手になるぜ…」
急に歳上の大人に話しかけられた彼は動揺することもなく返事をする。
加えて言うのであれば少年は動きを止めることもなかった。
「ありがとうございます。お兄さんは野球経験者ですか?」
礼儀正しく子供らしくない態度の少年に俺は少しだけ違和感を覚えていた。
「あぁ。高校までな」
「ですか。ポジションは?」
「投手だった。二番手だったが」
俺の答えを耳にした少年は初めて動きを止めて。
そこで初めて少年と視線が交差した。
少年の目の奥には決して消えることのない激しい炎がゆらゆらと揺らめいているような気がして。
きっとそれは闘志と言う言葉だけでは片付けられない。
何か高尚で崇高な決意のようだと一瞬で理解する俺だった。
きっと少年は俺と同類の…
そこまで思って…
自らの考えを否定するように頭を振った。
「投手ですか…あの…今は野球をしていないんですか?」
「あぁ。今は見ての通りの状況だ。昼間だって言うのに寝間着のままでいる」
「仕事が休みの日ってことでしょうか?」
「そんなわけあるか。この髭面にボサボサの頭だ」
「あぁー。今はゲーム配信者とか職業の幅は広いと思いますが…
髭面だろうとボサボサな頭だろうと仕事はあると思うのですが…」
「………何とも鋭い意見だな」
俺は茶を濁すような返事をして下手くそな笑みを浮かべてみせた。
「それで?お前はこんな人気のない空き地で自主練か?しかも一人で?」
「まぁ…超えたいライバルが居て…」
「なるほどな。ライバルの存在は自分を強くするよな。
その気持ちは痛いほど理解できるよ」
「そうなんですね。お兄さんにもライバルが居たんですか?」
「もちろん。最後まで抜くことが出来なかったヤツが一人だけいるよ。
後のライバルは全員抜いたけどな」
「何人もライバルが居たんですか?」
「あぁ。部員の数が三桁を超えるような名門校に入学したものだからな。
投手だけでもありえない数が存在していた。
入学当時の俺はドベからのスタートだったと思う。
そこから三年間で二番手投手までなったんだ。
相当な努力を重ねたと自負している」
「すごいですね。じゃあエースだけ抜くことが出来なかったと?」
「そうだな。まるでタイプが違う投手だったからな。
比べるまでもなくヤツの方が安定していた投手だったし。
今も…
いいや…なんでもない。気にしないでくれ」
俺はライバルの現在を思い出して少しだけ苦い思いに駆られていた。
ヤツの現在はプロの舞台だった。
活躍を知ろうとしても心がブレーキをかける。
ヤツの現在が順調すぎた場合…
俺の精神は保てるのか。
少しの心配があり。
俺はヤツの現在を知りたくなかったのだ。
「まるで別のタイプって言いましたが。お兄さんはどの様な投手だったんです?」
俺の苦い過去を無邪気な質問で強制的に振り払ってくれる眼の前の少年に感謝の念を抱きながら。
俺は少しだけ照れた様な笑いを浮かべて質問に答えていた。
「ん?あぁ…変化球中心の投手だったよ。最大球速も140km/hで停まったしな。
コントロールと変化球中心で組み立てて。
時折速球を織り交ぜる。
緩急で相手打者を翻弄する。
そんな投手だったな。
三振を奪うこともあったが。
主戦場は打たせて取るピッチングだった」
俺の答えを耳にした少年は目を輝かせて食いつくように身を乗り出した。
出会ったばかりの少年は初めて子供らしい仕草と態度を取って。
俺は心の何処かで安心感のようなものを覚えていた。
「変化球!球種は!?」
少年のキラキラした瞳に少しだけ怖気づきながら。
俺は自分の持つ球種を答えていた。
「ツーシーム、スライダー、スクリュー、スプリット、カーブ、チェンジアップ。
Vスライダー、Hスライダー、スローカーブ、パワーカーブ、ドロップカーブ。
フォークは微妙だが一応投げられる。
変化球習得には人一倍時間を費やしたんだ。
抜けなかったエースが速球派の投手だったからな。
自分を売り出すには多彩な変化球だって思ったんだ。
それに組んでいた捕手がいいヤツでな。
俺の投球練習にいつでも付き合ってくれた。
一緒になってエースを勝ち取ろうっていつでも協力してくれたんだ。
仲間のお陰で俺は数々の変化球を習得していった。
速球は早くも遅くもない所で打ち止めになったが。
それを犠牲にした甲斐はあったと思うよ。
これだけ多くの球種を持つ投手は同い年にそれほど居なかった。
それでも俺は…プロから声がかかることが無かったし…
それ以外の先のステージから声がかかる事は一向に無かった…」
「どうしてですか…?それほど沢山の球種があるのに…」
「ふっ。一芸でプロになれる人が時々いるがな。
俺の場合は体格が問題なんだろうな。
身長はプロの基準値ギリギリ。
お世辞にも運動能力が高いとも言えない。
投手としての練習しか殆してこなかった弊害でもあるな。
そんなわけで俺は高校卒業と共に野球はやめたんだが…
お前の姿を見ていたら…昔を思い出してな。
思わず懐かしく思ったんだ」
俺は思わず少年に自らの思いを吐露していた。
しかしながら少年は気味悪いと言った表情を浮かべることは無かった。
逆に求めていた存在に出会えたと言わんばかりに目を輝かせていて。
「あの…!良かったらお兄さんの変化球をキャッチングさせてください!」
などと提案までしてくる始末。
俺は目を輝かせている少年が眩しくて仕方がなかった。
しかし…
「お前はまだ小学生だろ?気が早すぎないか?」
「いえ!中学生になってシニアリーグに入った時…
先輩の変化球に対応できないのは嫌なんです!
今から同年代の選手全員を出し抜くためにも…
早くいろんな練習に取り組みたいんです!
だから…お願いします!」
慌てるように懇願するように早口でまくしたてる少年に俺は落ち着くようにと仕草で訴える。
「分かった分かった。平日は毎日ここに来られるのか?」
「はい!15時には来られます」
「分かった。休日はチームの練習だな?じゃあ平日の自主練は俺が面倒見てやるよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「お前の名前は?俺は
「須山剣です。よろしくお願いします。早速…」
剣は先を焦っているようで兎にも角にも早く練習を見てほしいようだった。
しかしながら俺は剣の様子を確認して。
「今日は帰ってゆっくり休んだほうが良い。恐らくオーバーワーク気味だ。
少年期からハードトレーニングをしているとあまりよろしくない。
今日は完全にオフにしてしっかりと体を休めなさい。
休むことも練習だといずれ気付く。
それならば今の内から知っている方が得だと思うだろ?」
俺の忠告を耳にした剣は納得した表情で頷くと荷物をまとめていた。
賢い選択が出来る子供で良かったと思いながら。
しかしながら俺は剣を子どもと思って侮ってなどいなかった。
少年期からオーバーワークになるほど練習に打ち込める剣に尊敬の念すら覚えていたぐらいだ。
「じゃあ今日は失礼します。また明日お願いします」
剣は行儀よく挨拶をすると帰路に就いていた。
その後姿を眺めながら。
「さて。俺も明日までに感覚を取り戻しますか。配信は夜にすれば良いもんな」
そんな独り言を漏らしながら。
剣が言い当てていた職業。
現在の俺はゲーム配信者である。
仕事のスケジュールを夜に後回しにして。
俺は未来の希望かもしれない剣に少なくない思いを託しながら。
明日までに完全に投手としての感覚を取り戻すことに全神経を注ぐのであった。
須山剣と逆井葉の秘密の平日特訓が始まる。
本編で出てきた30代の男性の正体は…
人気ゲーム配信者である逆井葉だった。
過去に剣に野球を教えた人物。
そして自らも過去に活躍していた高校球児。
逆井葉はこちらでも本編でも活躍しそうだ。
是非併せてどうぞ!
広告を自然に挟んだ所で…
次回へ…!
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