第2話 堕落の一番地

 綿世は女性を狩る武器を所持していることをはっきりと自覚できるようになっていた。人事権の私的行使が如何に魅力的な物かは、無敵の武器を手に入れたような錯覚に染まっていった。気に入った女性に部署の移動や評価をもとに関係を迫り、上手くいくこともあった。現在の職が如何に一般の職と比べてよいかは従事している者なら嫌なら辞めてやるとはいかない。しかし、不同意性交等罪的に関係を持った者とは長続きしない。無理が度を超すとお互いに不利益が生じ揉め事の拡大に繋がるのは必死。綿世は基本的に地味な男だった。目立つことのリスクを職務的に体験しており、裂ける傾向にあった。

 判を押したような生活に火を灯してくれた色事を心の中だけに留めておくのは惜しみないと感じ始めていた。既に公用パソコンに私的な日記に似た文章を忘記録的に残していた。大学の先輩の事とか、好みの話の取り留めないものだった。個人的なものであり人に見せるものではなく思いの丈を憂さを晴らす勢いで書き綴っていた。多くは先輩の行いから受けた反感や怒りからその子供の悪口とよくある愚痴の範疇だった。そこに不倫日記が加わった。行為を行いその様子を書き綴る。行為を思い出し、脚色も加え、書くことは新たな興奮を覚えていた。十年で七人の女性と関係を持っていた。みんな県庁職員で既婚者だ。いけないことをしている罪悪感と関係を持っているときの至福感は得難いものになっていた。職務中にこっそり読み薄笑いを浮かべてしまう事もあった。そんなこともあり、人の口には戸が立てられないで噂は職員の誰もが知るようなものになっていた。

 知らぬのは亭主ばかりを実行し、噂話は本人が知らぬばかりの立場にあった。綿世は定年後は猪俣政権下で作られた天下りのレールに乗り、優雅に暮らせるはずだった。その計画が狂い始めた。猪俣路線を引き継ぐ知事候補が敗れる波乱に巻き込まれた。新たに知事となった佐藤彦摩呂は、県の不具合を炙り出し、県庁の1000億円の建て替え費用を半額に抑えようとしたり、定年後の道筋を遮断する取り決めを行おうと動き始めた。綿世は、西播磨県民元局長を経て退職前に兵庫県庁に戻り、その役職で天下り先に行く予定だった。それが、再検討されるかなくなるかの立場に立たされた。綿世は老後の人生設計を壊される危機を迫られ、佐藤知事を恨みに思っていた。その恨みを公用パソコンに書き綴った。書いていると佐藤知事が私の人生を奪いに来ている。佐藤知事が失職すれば、猪俣政権の意思を受けた知事になり慣習に戻るはずだと強く感じるようになった。そう思っても一職員が県のトップの者を追い落とせるはずがないと思いつつも怒りが収まらず、佐藤知事が如何に不適切な人間かを人聞き噂話を膨らませ、佐藤知事を悪人に仕立て上げることで湧き上がる怨み辛みを晴らしていた。憂さ晴らしも現状は何も変わらないどころかどんどん進んでいき、思い描いていた前途が閉ざされようとしていた。











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