白と桃の線

@Yuuuuzan

邂逅

「うわ、何この虫」

「やだ気持ち悪ーい」

後ろで騒ぐバカップルども、うるさい。こちとら釣りを楽しんでいるんじゃい。

...直接文句を言う度胸もなく、ただ海に向き合う。

早朝から始めた釣りは、太陽が空の一番高いところに来たところで満足していた。そこそこ釣れたので、もう1、2匹釣ったら帰ってもいいだろう。ただ...。

「ほんとに気持ち悪いな...なんの虫かわかる?」

「みたことない、こんなの...」

後ろがうるさい。そんなに言うならもう帰ればいいだろう、虫がなんとなくかわいそうになってきた。いじめる対象を見つけて、そんなに楽しいか。...てか、なんでここをデートコースに選んだ?

僕はついカッとなって、後ろを向いた。目についた白い物体を掴み、釣り針に刺し、地面に叩きつけた。流石にそれくらいで虫は潰れないだろう。

僕の奇行はバカップルを黙らせるには充分らしかった。

「...もう行こう。」「...うん。」

足音が遠のいて、やがて聞こえなくなると、海の静寂だけがそこに残っていた。虫の安否を確認すると、釣り針に刺されてもなお、元気にもるもるともがきながら進んでいた。釣り針を持っていってしまいそうな程に力強い。その虫は細長いマシュマロのようで、純白の躰に一本のビビットカラーのピンク色の輪が模様になっていた。口だと思われるところは黒だった。某国のお菓子のようなカラーリングだと思った。それと、直感で蚕という名前も浮かんだ。蚕は蛾になる...しかしその後利用価値は無く、餓死で死ぬ。だったら幼虫の内に使ってしまおう。どうせ将来暗いんだから。

深い青の色に、釣り竿に繋がれた桃色の線が浮かんでいる。自然界ではその色は目立ちすぎる故、生きづらかっただろう。海の中では何もかも平等だ...安心して眠ってほしい。その虫はそこそこの大きさのサバを連れてきてくれたので、満足してその場を後にした。魚をたくさん入れたバケツが重たい。命の重さではなく、ただ単に質量の問題だ。車を走らせるような距離でもないから、のんびり歩いていく。家に帰ったら、炭火で焼くための七輪が待っている。

家というより倉庫、物置...そう言われそうだが、僕が家と言えば家なのだ。家と言ってあげなければ家として存在できないほどのボロ家だが、僕はここを気に入っている。周りに人が住んでいないだけで、こんなに気に入っている。我ながら単純だ。

家から七輪と炭とまな板、それから包丁を外に出す。火を起こした後、魚をさばく。魚の身がボロボロになってしまうこともあるが、自分ひとりでしか食べないから問題ない。大きめのサバのお腹を切り開いたら、溶けかけのあの虫が動かなくなって出てきた。中からどろりと白い体液を流したそれを、僕はすぐに地面に投げ捨てた。だって、こんなの食べないから。

その虫はこちらを睨んでいた。目がどこにあったか分からないが、確かに睨まれたのだ。お前のせい、お前のせいだって。なんのことか思いつかなかったので、それはそのまま無視して魚を焼いた。ちょっといつもより、焦げ臭いかも。



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