「ひ・み・つ」


 朝。人気のない屋上まで続く階段の踊り場。元丘のうざったい声音を耳にして、陽介は不愉快になる。


 今朝も先に出たと小夢の父から言われ、急いで学校に向かった。その際、先に顔を合わせた級友の方から、金髪の後輩女子から先日聞いた噂を確かめようとして人気のないところに呼びだした結果が、この態度だった。


「小夢と一緒にいたことは認めるんだな」

「冴木ちゃんとね。さて、どうだったかな」


 ニヤニヤしながらの返事は実質認めたようなものだった。その余裕綽々の態度はいかにも胡散臭い。


「とぼけるな」

「別にとぼけてるわけじゃないが、ただ」


 級友は目を軽く瞬かせたあと、口の端を弛める。


「慌ててる野々宮っていうのも、新鮮でいいなぁ」


 こいつマジで正確悪いな、と思いつつも、


「俺はただ、お前と小夢がなにをしていたのか知りたいだけだ」

 

 まっすぐに投げかける。


「知りたいだけ、ね」


 元丘は思うところがありそうに口にしたあと、


「そこまで逐一、恋人のことを知る必要ってあんのか」


 などと返した。


「知りたいって思ってなにが悪い」

「いい悪いの話じゃねぇって。必要かどうかの話」


 静かな元丘の視線に、なぜだかたじろぐ。


「必要かどうかなんて知らない。ただ、知りたいんだ」

「気持ちはわからなくもないが、他人のことを全部を知るなんて不可能じゃん。だから、どっかで折り合いを付けたりするんじゃねぇの」


 そう告げると、元丘はポンと肩を叩いて踵を返した。まだ、話は終わってないぞ、と後を追う陽介に、


「もうちょい、力抜けよ。そしたら、色々見えてくるかもしれないしさ」


 などと言いながら、悪いようにはなんねぇよ、と付け加えた。級友の言葉をどう受けとっていいかわからず、さりとてどう言葉を重ねていいかもわからず、後を追うほかなかった。

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