最近、小夢といる時間が減っている。誤解ではなくそう実感しつつあった。


「すまないね。こんなおじさんに付き合わせて」

「いえ。こちらこそご馳走になってしまって」


 休日。知り合いと外出していないという小夢。その父に誘われて昼ご飯がてらに近所のラーメン屋にいる。奢ってくれている小夢の父には悪いが、どうにも目の前の醤油ラーメンの味が上手く舌に伝わってこない。


「私も仕事と家族をとってしまえばほとんどなにも残らないからね。こんな寂しい男と二人というのも君は嬉しくないだろうが」

「そんなことは」


 不遜であるかもしれないが、戦友だと思っている。とりわけ、あの葬式の日以来、ともに小夢を支えるために生きてきたのだから。


「そう言ってもらえるとなによりだ。それだけに、尋ねてくる君と小夢を会わせてあげられないのが残念でならないのだが」


 言われてここ何日かの、小夢とのすれ違いを思い出す。朝一緒に登校しようとしても先に出ていたり、学校で迎えに行っても先に帰っていたり。いざ時間が合った時に本人に聞いてみても、ちょっと、とほんの少しだけ気まずそうにお茶を濁すばかり。きわめつけは今日。行き先も告げずにいなくなる、なんてことはこれまでなかったのに、と不安になる。


 そんな陽介に、小夢の父は薄らと微笑んでみせる。先日耳にした笑顔の噂を思い出し、恋人も笑えばこんな風な顔になるんだろうか、と想像したりした。


「君を見ていると、昔の私と妻のこと思い出すよ」


 老いつつある男性にとっての妻――小夢の母のことは、遠い記憶になりつつあるが、優しくしてくれたのはおぼえている。


「彼女はとても素晴らしい女性だった。ずっとともにいたいと願った。結局、それは叶わなかったが、今もそばにいると信じて生きている」


 未練がましいと思うかね。付け加えた小夢の父に首を横に振って応じた。きっと、同じ立場であれば似たような心持ちになるだろう。いない、などと割り切れはしない、はずだ。


「自分も小夢さんとずっと一緒にいられればって思ってます」


 漏らした決意は、昼の食事処の喧騒に飲みこまれる。小夢の父は、そうだね、と感じ入ったように味噌ラーメンをすすりあげた。それとともに食事に戻った陽介の口にした麺は伸びている。遅かったか。


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