四
「野々宮先輩はご存知ですか」
険しい顔をした金髪の後輩女子に尋ねられたのは、ホームルームが早く終わって小夢を迎えに行った時。当の本人はなぜだかおらず、珍しいな、と陽介が思っていた矢先のことだった。
「なんの話」
心当たりがないため素直に聞き返すと、小夢のクラスメートの女子は、やっぱり、と不安げに口にしたあと、
「最近の冴木さん、変わったところとかありませんでしたか」
質問に質問を返された。小夢の変わったところといえば、迎えに来たのに席を外している今がそうなのであるが、それ以外はてんで思い当たらない。
「なにもないと思うけど」
「そう、ですか」
後輩の女子は浅い深呼吸をしたあと、きょろきょろと辺りを見回してから、再び陽介の方を振り向く。
「噂になってるんです」
「だから、なにが」
いい加減回りくどいなと思いはじめた矢先、
「冴木さんが野々宮先輩以外の男の人と歩いてたって」
その言葉を陽介は比較的冷静に受け止めた。
「そういうこともあるでしょ」
陽介とて四六時中恋人とともに一緒にいられるわけではないし、別行動になる日だってある。何なら自らも必要さえあれば小夢以外の女子と歩くことだってあるだろう。だからこそ、この後輩は噂を大袈裟になり過ぎではないのか。そんなことを思ったのだが。
「街の中で仲睦まじそうにしていたみたいです。冴木さんも笑ってたとか」
笑ってた。その言葉を、何かの間違いとして受けとめそうになる。あの葬式以降、陽介は小夢の笑顔を一度も見たことがない。だからこそ、事実だとすれば――
「でも、噂は噂でしょ」
「そうですね。どこから広まったかもわからないただの噂です。でも」
後輩は言い淀んだあと、
「あたしは野々宮先輩と冴木さんが仲良くしてるのを見るのが好きだから」
だから先輩の耳にだけは入れておきたかったんです。そう付け加えた。
だったら、何も言わないで欲しかったな。などと情けないことを考えつつも、ありがとう、と応じる。
「うわき」
低い声に振り向けば、いつも通りの小夢の無表情。
「ただの立ち話だよ。小夢がいなかったから」
「そっか」
特に本気ではなかったのだろう。小夢はあからさまに動揺した金髪の女子に、軽く会釈をしたあと、黙って歩きだす。陽介も同じように、じゃあ、と一言告げてから、その後を追う。追いながら、自然と最近、恋人とともにいなかった日を数えてしまう。その間のことを、当然陽介は知らない。だから、笑っていようと確かめようがない。
「どうしたの」
こころなしか心配するような恋人の声音に、
「ちょっと考え事をしてただけだけ。小夢はどこに行ってたの」
静かに応じる。小夢も深く追求せず、図書館、と口にしてそれきりだった。
街で男の人といたって聞いたんだけど。そう直接聞いてしまえば、すぐにすっきりするはずだ。頭ではわかっているはずなのに尋ねられないのは、恋人に直接の疑いを向けることへの躊躇い。そしてそれ以上に、自分以外の手で小夢の笑顔が作られてしまったらというもしもの可能性への小さくない妬み。
今もいつも通りにいる隣にいる小夢。その端正な横顔に監視するような視線を向けてしまう自らを嫌悪した。
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