二
「陽介君みたいな恋人ができて、小夢もさぞ鼻が高いだろう」
夕食の最中、小夢の父は赤ら顔で満足げ告げる。ハイネケンで酔っぱらっているのを加味しても少々大袈裟な言いぶりを陽介はミートソーススパゲッティをフォークに絡めながら面映ゆく感じた。小夢同様古くからの付き合いではあるものの、こういうところは昔から変わらない。
当の小夢はといえば陽介の隣でうんうんと頷いている。言葉にこそしていなかったものの父親の言う通りだと思っているらしく、陽介はより恥ずかしくなってくる。正式に付き合いだしてから数年が経ち、似たような言葉を何度も耳にしているにもかかわらずいまだに慣れない。
「そんなたいしたものじゃないですって」
「ほぉ……では、私の娘の目に狂いがあると」
謙遜した陽介に、もうそろそろ老年に足を踏み入れつつある小夢の父は、四角いフレームの眼鏡越しに不敵に笑う。そうは言ってないですけどと取り繕いながらも、果たしてこの答え方でいいのだろうか、と疑問に思う。
「ぱぱ」
短く低い小夢の声。いつも通り色も温度も感じにくかったが、長年の付き合いから薄っすらとした非難のニュアンスを読みとる。
「すまない。陽介君はからかい甲斐があるから、ついね」
特に悪びれもせずに謝る小夢の父は、実に楽しそうだった。
「とはいえ、君がたいした男だと言うのは、紛れもない本音だよ。私は君を近くで見ているのだから断言できる」
ありがとうございます、と応じつつも、陽介としては先程と同じく大袈裟だと思わざるを得ない。何せ、特別なことをしているというわけではなかった。いずれ社会人になった時、安定した暮らしをできるようにという思いから、準備と称して授業の予習復習を欠かさず、我流ではあるものの体力作りをしっかりと行い、できうるかぎりの時間を自分の家族と小夢の家族と過ごすために使う。ただこれだけのこと。きっと珍しくないはずだと思うし、陽介の両親の反応も精々、もう少し息抜きしたら、と提案する程度に留まっている。しかし、小夢とその父はなぜだか大袈裟に誉めようとする。嬉しくないわけではないが。
「そんな君だからこそ、ぜひとも小夢を任せたいと思えるんだ。妻と似てきた、大切な娘をね」
「ぱぱ」
こころなしか少女の頬は紅潮している。一瞬、酒でも飲んだのかと疑いかけたが、手元のコップに入っているのはどう見ても水だった。
「いいじゃないか。私にとっては最上級の誉め言葉だぞ」
「はずかしい」
そんなやりとりをかわす小夢も、しかし悪い気はしていないように見える。
お母さんのこと大好きだったもんな。 かつてお世話になった小夢の母親の顔を思い出しつつ、テーブルを挟んだ親子のやりとりを眺める。色白の肌をした恋人は、たしかにいなくなった人とそっくりになっているように見えた。
不意に小夢の父親が、思い出しように、ああでも、と言ったあと、
「陽介君も小夢もまだまだ若いんだから、節度を持った付き合いを心がけるんだよ。まあ、言わなくてもわかってるかもしれないが」
そう小さく笑いかけてきた。
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