いつもはおしとやか、弱ると甘えんぼう――1
林間学校の翌日は土曜日だった。学校は休みだ。
朝。眠っていた俺は、腹部に重みを感じて目を覚ます。
「――――――っ!?」
直後、眠気が一気に消し飛んだ。パジャマ姿の彩芽が、俺の腰に跨がっていたからだ。
驚きはもちろんのこと、同時に覚えた感情は呆れ。
「またか……」
はぁ、と溜息をつく。
なにしろ、彩芽がこうやって起こしに来たのは、一度や二度のことではないのだから。
最初に彩芽がこの起こし方をしたとき、もうしてはいけないと、俺は注意した。それからしばらくは俺との約束を守っていたけれど、映画を観るためにお出かけした日から、ちょくちょく破るようになっていたのだ。
おそらく、観覧車のゴンドラで俺をからかったことがきっかけとなり、イタズラする面白さに目覚めてしまったのだろう。
彩芽に跨がられるのは心臓に悪いし、起きがけに発生する男性の生理現象を目撃された日には、俺はもう死ぬしかない。
だからこそ、もう二度とこの起こし方をしないように、彩芽に釘を刺さなければならないのだ。
「何度も注意してるけど、こういうのは――」
そこから先を口にすることはできなかった。
彩芽の頬が上気し、小豆色の瞳は、夢うつつのようにトロンとしている。その表情から醸し出される妖艶さに、意識を奪われてしまったのだ。
まばたきすら忘れて見とれていると、彩芽がゆっくりと体を倒してきた。
目を剥く俺の脳裏に、ゴンドラでの出来事が蘇る。
あの日も、彩芽はこんなふうに顔を寄せてきた。キスするフリをして、俺をからかってきた。
そして、からかわれた俺が
――そうですよね。まだ早いですよね。
もしかして、『そのとき』が来たのではないだろうか? 俺は彩芽にキスされるのではないだろうか?
思い至った途端、心臓が跳ね上がり、全身が熱を帯びた。
鼓動がやけに大きく感じる。まるで、頭のなかで鳴っているみたいだ。
なんとかしなければと思うけど、彩芽に魅入られてしまったのか、体が言うことを聞いてくれない。
身動きひとつ取れないなか、なおも彩芽の顔が迫り――
ポスッ
「へ?」
唇ではなく、俺の胸元に下りてきた。
意表を突かれて、俺は目をパチクリさせる。安堵と困惑とわずかな失望が、頭のなかで勢力争いをしていた。
「あ、彩芽?」
なにはともあれ彩芽の様子をうかがおうと頭を起こして――俺は息をのむ。
「はぁ……はぁ……」
彩芽の息遣いが、ひどく苦しそうなものだったからだ。
よく見ると、彩芽の顔は汗まみれになっており、苦痛を表すように、眉根が寄せられている。
「彩芽? 彩芽!?」
異変を察した俺は、何度も彩芽に呼びかける。
返事はない。ただ、苦しそうな息遣いだけが聞こえていた。
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