もしかしてだけど――7

 部屋に入れてもらった俺と修司は、彩芽・知香を含む女子たちと車座になっていた。


 女の子だらけだからか、室内には甘酸っぱい匂いが漂っている。本来ならばソワソワしていただろう状況。しかし、いまの俺はガチガチに身を強張こわばらせていた。


 仮説が正しいのなら、彩芽は先生たちに協力を要請してまで俺を招きたかったということになる。そこまでしたのだから、俺に自分を意識させるための、重要なアクションを起こそうとしているのではないだろうか?


 状況的に考えて、この部屋の女子たちも、きっと彩芽の味方だ。そんななかで、俺はどんなアプローチをされるんだ?


 緊張と期待と困惑がごっちゃになって、先ほどからドキドキが止まらない。


 ゴクリと唾をのんだところで、知香が切り出した。


「じゃあ、早速しようか! 恋バナ!」

「はぇ?」


 思ってたのと、なんか違う。


 意外すぎて、俺は頓狂とんきょうな声を漏らしてしまった。


「え? 恋バナ?」

「そーそー。女の子は恋バナが大好きなんよ、神田くん」


 唖然とする俺に、女子のひとりが笑みとともに教えてくる。


 彼女の意見に、「「「うんうん」」」とほかの女子たちも同調した。


「みんなでお泊まりとなったら、恋バナしないわけにはいかないよね!」

「だからこそ、金津くんに来てもらったんだよ」

「金津くんと知香ちゃんのラブラブっぷりは噂に聞いています! 甘々なエピソードを是非とも提供してください! それで救われる命があるんです!」


 目をキラキラ、いや、ギラギラさせて、彼女たちは修司と知香に催促する。


 俺は悟った。ターゲットは俺じゃなくて、修司だったのだと。


 おそらく彩芽と知香は、『修司と知香の恋バナを聞きたい』と周りの女子たちから頼まれて、俺たちを招いたのだろう。修司と一緒に俺も呼んだのは、仲間はずれにするのは可哀想だからといったところか。


 つまり、この部屋まですんなり来られたのはただの偶然で、彩芽が先生たちに根回しをしたというのは、俺の妄想だったわけだ。


 は、恥ずかしい! 早とちりした挙げ句、彩芽にアプローチされるんじゃないかとドキドキしていたなんて! 自意識過剰かよ!


 あまりの羞恥にプルプルと震えるなか、女子たちのリクエストに応じて、修司と知香が語り出した。


「甘々なエピソードかぁ……先週、修くんとデートしたんだけど、その日は晴れて暑くなるはずだったの」

「ちぃが薄着で来たときの話か?」

「そうそう。だけど、天気予報が外れて曇りになっちゃってさ? 薄着だったから、わたし、とっても肌寒かったんだ」


「「「「ふむふむ」」」」と、女子たちが相槌を打つ。


「そのとき修くんが、羽織っていたジャケットを脱いで、わたしの肩に掛けてくれたの」

「ちぃが震えている姿なんて、見たくなかったからな」

「けど、ジャケットがないと修くんが寒いでしょ? だから、わたしで温まってもらうことにしたんだ」


「こうやって」と、隣にいる修司の腕に、知香が抱きつく。


「あの日は、ずっとこうしながらデートしていたよな」

「天気予報が外れたときは不運だと思ったけど、修くんとくっつけたから、ラッキーだったよね」

「「「「きゃあ――――っ!」」」」


 室内に黄色い声が響き渡った。


 無理もない。ふたりの仲の良さを知っている俺でさえ、ブラックコーヒーが欲しくなるくらい甘ったるい話だったのだから。


 満足そうに、かつ、羨ましそうに、女子たちが「「「「はふぅ」」」」と息をつく。


「やっぱり、恋っていいよね! あたしもカレシが欲しい!」

「でも、そもそも好きなひとがいないといけませんよね?」

「それなー。誰でもいいわけじゃないもんねー」

「わたしはいないなぁ。彩芽ちゃんはどう?」

「わたしは……実は、います」

「「「「ええっ!?」」」」


 彩芽の告白に、女子たちが目の色を変えた。


「どんなひと? どんなひと?」

「教えて? 教えて?」

「目立つというよりは、素朴なひとです。とっても優しくて、わたしが困っていたら助けてくれるんですよ。最近、そのひとが好きなものをわたしも好きになったんですけど、そのことについて一緒に語り合うのは、至福の時間ですね」

「彩芽さん、これぞ恋する乙女って顔をしています」

「よっぽど好きなんだねー、そのひとのことが」


 ふにゃりと頬を緩める彩芽を、女子たちが微笑ましそうに眺めている。


 俺は思った。


 ……これって、俺のことだよね?


 そうとしか考えられなかった。


 挙げられた特徴やエピソードがもれなく俺に当てはまるし、なにより、彩芽がチラチラとこちらに視線を送っているのだ。絶対とは言い切れないけれど、ほぼほぼ間違いないだろう。


 妄想ではなかった。早とちりではなかった。自分のことを意識してもらうために、彩芽は俺を部屋に招いたのだ。修司を一緒に呼んだのは、恋バナをする流れに自然に持っていくためだろう。


 やっぱり、彩芽に好かれているんだろうなあ、俺。ドキドキしてしかたがないよ。


 メチャクチャ照れくさくて、口元がモニョモニョしてしまう。


 そんな俺に、女子のひとりが話を振ってきた。


「神田くんにはないの? 恋バナ」


 あれほどうるさかった心臓が、凍りついたかと思った。


 言葉を返せず、俺は口をつぐんでしまう。


 急に黙り込んだ俺を不思議がるように、女子たちが首を傾げた。


 無理矢理に笑みを作って、やっとの事で答える。


「……俺の恋バナは、面白みがなくてさ」

「あー……まあ、話さないといけないってわけじゃないしね」

「楽しむのが一番ですもんね」

「そう言えば、あたしこの前、ひさしぶりに幼なじみに会ったんだけどさ――」


 俺が話したくないことを察したのか、女子たちは話題を変えてくれた。


 ふぅ、と胸を撫で下ろす。手のひらに、ジットリと汗が滲んでいた。


 俺は自嘲の笑みを浮かべる。


 俺の恋愛事情は、明かせるものじゃないんだよね。


 彩芽が気遣わしげな目でこちらを見ていた。

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