もしかしてだけど――6

 一日目のレクリエーションがすべて終わり、夜になった。


 浴場で湯を浴びて、修司とともに部屋へ戻る。


「いやー。サッパリしたなあ、哲」

「…………」

「哲?」

「あ、ゴメン! ボーッとしてた!」

「? そうか」


 心ここにあらずだった俺は、修司に呼ばれてハッとする。いぶかしそうに眉をひそめていたが、修司が問いただしてくることはなかった。


 申し訳ないけれど、上の空になるのは許してほしい。『彩芽に外堀を埋められている』という仮説が閃いてから、そのことが気にかかってしかたないのだ。


『外堀を埋める』ということは、『俺と付き合いたいと思っている』ことと同義だ。完全無欠の美少女である、彩芽から好かれているかもしれない。そう意識すると、どうしても落ち着かない気分になる。


 でも、仮説が正しいっていう確証はないんだよなあ。


 彩芽は修司たちに頼み、俺と付き合えるように協力してもらっているのかもしれない。


 母さんが『はな森』でのバイトを不自然なほど強く勧めてきたことや、由梨さんが譲ってくれたチケットがカップルシートのものだったことは、彩芽が根回しをしたからなのかもしれない。


 しかし、あくまでも『かもしれない』なのだ。すべてが偶然だった可能性はある。


 だからこそ、余計に気になる。外堀を埋められているのかどうなのかを、延々と考えてしまう。結果、上の空になってしまうのだ。


 俺の仮説は正しいのだろうか? それとも、考えすぎているだけなのだろうか?


 答えの出ない疑問にまたしても囚われながら、廊下の角を曲がる。


「お待ちしておりました」

「うぉわぁあっ!?」


 直後、唐突に声をかけられて、驚きのあまり飛び上がってしまった。


 目を白黒させながら確かめると、物陰に美影がたたずんでいた。まるで忍者のようだ。


「な、なにしてるの、美影!? こんなところで!」

「神田さんと金津さんを、お迎えに上がりました」

「お迎え?」


 首を傾げる俺に、「はい」と美影が首肯する。


「彩芽様と茜井さんが、お二人を部屋にお招きしたいそうです」


 思わず言葉を失った。彩芽と知香のお誘いは、『俺たちが女子部屋に入ることを許可する』という意味なのだから。


 旅行先で女子部屋に招かれるシチュエーションは、青春ラブコメではテッパンだ。それはつまり、多くの男性がそのシチュエーションに憧れているということだ。


 もちろん俺も、彩芽と知香のお誘いに高揚している。お邪魔したいと思っている。


 だが、期待と欲望よりも、倫理観と危機感のほうが強かった。


「誘ってくれたのは嬉しいけど、遠慮しておくよ」

「なぜでしょうか?」

「だって、彩芽と知香が許してくれても、同じ部屋の子たちが嫌がるでしょ?」

「その心配はありません。お二人を招くことに、皆さまは賛成されています。それどころか期待されています。大歓迎されるに違いないでしょう」

「そ、そうなんだ」


 まさか許可されているとは思わなかった。それどころか期待されているなんて、もはやわけがわからない。とにもかくにも、迷惑をかける心配はなさそうだ。


 それでも、懸念けねんするべきことはまだある。


「部屋のみんなが許してくれても、先生たちは許さないよ。生徒たちが問題を起こさないように見回りしているだろうし、見つかったらタダじゃ済まないよ?」

「そちらも問題ありません。先生方に見つからないよう、わたしがお二人をご案内いたします。気配を感じ取るのは得意ですので、お任せください」

「……創作フィクションにしか出てこないだろうスキルを、当たり前のように習得しているんだね」


 気配を感じ取れる人間が現実リアルにいるとは、想像だにしなかった。美影の能力の高さには舌を巻くばかりだ。


 ともあれ、心配は無用らしい。彩芽たちの部屋にお邪魔することに、問題はない。


 それでも、罪悪感は拭えなかった。


 本当にいいのかなあ? 女の子の部屋にお邪魔するなんて、本来なら問題行為だし……。


「行こうぜ、哲! 面白そうじゃん!」


 修司があっけらかんと言った。悩む俺とは対照的に、彩芽たちのお誘いにノリノリのようだ。


「嫌がってる子はいないし、月本さんがいれば、先生に見つかる心配もないんだぜ? なにをそんなに迷っているんだよ?」

「けどさぁ……」

「ちぃも高峰さんも、俺たちに来てほしいから誘っているんだ。断ったら悲しむんじゃないか?」

「う……わ、わかったよ」


 修司に押し切られて、俺は頷く。


「では、参りましょう。わたしから離れないようにお願いします」


 俺たちの承諾を確認して、美影が歩き出した。




「哲くん、金津くん、いらっしゃいませ」

「待ってたよー! ほら、入って入って!」


 俺の不安とは裏腹に、彩芽たちの部屋には難なくたどり着けた。美影のノックに応じて、彩芽と知香がにこやかに出迎えてくれる。


「お邪魔しまーす」と修司が部屋に入っていくなか、俺は疑問を覚えていた。


 いくらなんでも、すんなり行き過ぎじゃない? ここまで来る途中に先生の姿はなかったし、回り道をすることもなかったし。


 美影の案内があったとはいえ、こんなにも簡単にたどり着けるとは思えない。林間学校こういうイベントでは羽目を外す生徒が現れる可能性がある。そのことを先生たちは理解しているはずだ。雑な警備をするわけがない。


 そう。あり得ないことなのだ。


 彩芽が根回しをした相手に桜沢うちの先生たちも含まれているのなら、ここまでスムーズに来られたことに説明がつく。


 恋愛の応援をするために、教師が生徒の問題行為を容認するなんて考えは、荒唐無稽こうとうむけいにもほどがある。


 しかし、『はな森』を経営している高峰家は、各界のお偉いさんとの繋がりを持っているのだ。『彩芽に協力してほしい』と教育界の重鎮に頼めば、先生たちも従わざるを得ないだろう。


『彩芽に外堀を埋められている』という仮説が、真実味を帯びてきた。

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