もしかしてだけど――5

「どうぞ、哲くん。塩こしょうです」

「お、ちょうど取ってもらおうと思っていたところだ。助かったよ」


 カレー作りは順調に進んでいた。


 というのも、彩芽のサポートが驚くほど的確なのだ。欲しいと思ったものが、先回りしたかのように用意されているし、邪魔にならないよう、使い終わった調理器具を片付けたりもしてくれる。


 こんなにも快適に料理できたことはない。頼りになることこの上ない。


「うわぁ! メッチャいい匂い!」

「哲、高峰さん、そっちの調子はどうだ?」


 彩芽に感謝しながらカレーを煮込んでいると、修司と知香がやってきた。


「順調だよ。彩芽がサポートしてくれているからね」

「ふふっ。お役に立てているなら嬉しいです」

「「ほほう」」


 笑みを交わす俺と彩芽を見て、修司と知香がニヤリと口端を上げる。


「仲睦まじい光景ですなー。まるで新婚夫婦みたいだよ」

「はぇ!?」

「ふたりとも料理上手だし、お似合いカップルだよな」

「ちょっ!?」

「神田さんは『はな森』の板前として充分以上です。高峰家の跡取りとして、申し分ないかと」

「美影まで、なに言ってんの!?」


 いつのにか現れていた美影も加わって、三人して俺たちを茶化してくる。


 俺は慌てふためくしかなかった。


 からかわないでくれよ、恥ずかしいから! それに、百歩譲って俺はいいとしても、彩芽が機嫌を損ねちゃったらどうするんだよ!


 ハラハラしながら彩芽の様子をうかがう。


 だが、俺の心配は杞憂きゆうだった。


「お似合いカップルだなんて……えへ、えへへへ……」


 彩芽は頬を色づかせて、ぬるま湯に浸しすぎたおみたいに、フニャフニャな笑みを浮かべている。機嫌は一ミリも損ねていない。むしろ、俺とお似合いと言われたことを喜んでいるようだ。


 彩芽の反応が可愛すぎる。喜んでくれていることに、ときめいてしまう。


「おやぁ? どうしたのかなー、哲くん? 顔が真っ赤なんですけどー?」

「い、いや、これは……!」

「皆まで言わずともいいぞ。高峰さんが満更じゃなさそうだから、嬉しいんだよな?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「厳三様と由梨様にご報告しなければなりませんね。高峰家は安泰です」

「ええい! 黙らっしゃい!」


 茶化されすぎて悶絶しそうになった俺は、照れ隠しを兼ねて反撃に出た。


「三人ともいい加減にしなさい! これ以上からかうなら、カレーは抜きだからね!」

「な、なんて残酷な仕打ちを……!」

「お前には血も涙もないのか!? 悪魔なのか!?」

「嫌なら真面目に働きなさい! 飯盒炊爨は終わってないんでしょ!?」

「「わかったよぉ」」


 カレーを人質に取られては、どうすることもできなかったようだ。修司と知香がトボトボと去っていく。美影の姿も消えていた。


 なんとかやり過ごして、俺は溜息をつく。


 新婚夫婦とか、お似合いカップルとか、高峰家の跡取りとか、本当に勘弁してくれよ。恥ずか死するところだったじゃないか。


 未だに熱が残っている頬を掻いて――ふと、疑問が浮かんだ。


 俺だけをからかうのならまだわかるけど、どうして彩芽も巻き込んだんだ?


 考えてみれば妙だ。修司と知香が彩芽をいじる理由がわからない。


 それに、美影が修司・知香側についているのもおかしい。美影は彩芽を敬愛しているのだ。あるじもてあそぶような真似をするはずがない。


 眉をひそめて頭を捻る。


 考えに考えて――ひとつの仮説が閃いた。



 もしかして、俺は彩芽に外堀を埋められているのではないだろうか?



 俺とお似合いと言われて彩芽は喜んでいた。その反応を踏まえると、彩芽は俺に好意を抱いている可能性がある。


 つまり、修司たちは俺と彩芽をからかっていたのではなく、彩芽から頼まれて、俺と彼女をくっつけようとしていたと考えられるのだ。


「……それだけじゃない」


 バスの席順で俺と彩芽が隣同士になったのも、山登りの際に修司たちが彩芽を俺に任せたのも、『そうなることを彩芽が望んでいたから』ではないだろうか?


「い、いや、流石にそれは――」


 バカバカしい考えだよね、と笑い飛ばすことはできなかった。


 俺の仮説が正しければ、母さんが『はな森』でのバイトを不自然なほど強く勧めてきたことにも、由梨さんが譲ってくれたチケットがカップルシートのものだったことにも、説明がつくのだから。

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