もしかしてだけど――1

 桜沢高校では五月の下旬に、一年生と二年生が、二泊三日の林間学校に行くことになっている。


 午前八時過ぎ、ジャージ姿の俺たち二年生は、リュックサックを持参して、バスの前に集合していた。


 林間学校は五人一組の班で行動する。俺たちの班は、俺・彩芽・美影・修司・知香だ。


 先生が点呼をとったのち、それぞれの班がバスに乗っていく。最初に呼ばれたので、俺たちの班は最後列の席に座ることになった。


「俺とちぃは隣同士になりたいんだけど、頼めるか?」


 座る順番を決める際、修司がいてきた。修司と知香はカップルなので、隣同士になりたがるのも当然だろう。


「俺はいいと思う」

「わたしと美影も構わないですよ」

「ありがとう、みんな。あたし、修くんの隣に座らせてもらうね」

「わたしにも要望があるのですが、よろしいでしょうか?」


 ニッコリ笑って知香がお礼を言うなか、美影が手を挙げる。


「よろしければ、わたしは彩芽様の隣に座らせていただきたいです」

「わたしからもお願いします」

「美影ちゃんは彩芽ちゃんの護衛だもんね。あたしはいいよ。哲くんと修くんは?」

「「俺たちも大丈夫」」


 俺も修司も知香も、美影の頼みに不満はない。快く承諾した。


 みんなの要望を聞いて、修司が手を打つ。


「じゃあ、全員の希望が満たせるように、左から、哲、高峰さん、月本さん、ちぃ、俺の順番でどうだ?」

「「「「OK」」」」


 話をまとめた修司に、残りの四人が頷きを返した。


 決められた順番で、俺たちは席に座る。


「楽しみですね、林間学校」

「ああ。遠足みたいでワクワクするよね」


 隣り合う俺と彩芽は微笑みを交わした。


 当たり前のように彩芽が隣になってるけど……まあ、偶然だよね。みんなで相談して決めた席順なんだし。




 学校のみんなで遠出をするのは特別感があるものだ。非日常的な状況に高揚しているのか、談笑したりお菓子を分け合ったりと、クラスメイトたちははしゃいでいる。


 彼ら彼女らにつられて、俺もリュックからお菓子を取り出した。ビスケットスティックにチョコレートをコーティングした、ロングセラー商品だ。


 パッケージを開封してスティックを咥えると、彩芽が俺にねだってくる。


「ペッキー、わたしにも一本いただけないでしょうか?」

「いいよ。はい」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 箱を差し出すと、ブラウンの艶髪を耳にかけて、彩芽がペッキーを口にした。


「あむ」

「へ?」


 俺は硬直してしまう。


 彩芽が口にしたペッキーは、箱に入っているものではなく、俺が咥えていたものだったからだ。


 俺と彩芽が咥えているペッキーが、中程でペキッと折れる。


 その光景を呆然と眺めて――一気に顔が熱くなった。驚きのあまり、咥えていたペッキーをポロリとこぼしてしまう。


 目を白黒させる俺に、頬を赤く染めながらも、彩芽が笑みを向けてきた。


「顔が真っ赤ですね。ビックリしました?」


 ビックリするどころの話ではない。心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃を受けたのだから。


 い、いきなりなんてことするんだよ! 先日のお出かけで観覧車に乗ったときといい、イタズラが過ぎるんじゃないの!?


 内心で文句を言いながら、「むぐぐぐ……」とうなる。


 からかわれっぱなしはしゃくだし、少しはきゅうを据えたい。むすっとしながら、俺は彩芽にやり返した。


「彩芽だって、真っ赤な顔をしているじゃないか」

「し、しかたないですよ。流石に恥ずかしいですから」

「恥ずかしがるくらいなら、からかわなければいいのに……」


 俺をからかうことに、どうしてそこまで情熱を注ぐのだろう? 堪ったものじゃないので、お願いだから止めてほしい。


 恥じらう彩芽に半眼を向けて、俺は深々と溜息をつく。


 そんな俺たちの様子を、修司と知香がニヤニヤしながら眺めていた。

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