女の子とのお出かけはデートに含まれますか? ――6

 受付を済ませて、俺たちはゴンドラに乗り込む。


「こうしてゴンドラに乗ってみると、自分が『甘ニャン』の登場人物になった気がしてくるよ!」

「わかります! わたしたちが見ている景色を、和希くんと奈緒さんも見ていたのでしょうか? 想像するとワクワクしますね!」

「いままでやったことがなかったけど、聖地巡礼って、こんなにもテンションが上がるものなのか!」


 徐々に地上が遠ざかるなか、俺と彩芽ははしゃぎにはしゃいでいた。


 高揚感とともに作品愛が溢れ出し、カフェで散々語り合ったにもかかわらず、またしても、劇場版『甘ニャン』の話題に花を咲かせてしまう。


 ただ、興奮は長くは続かないもののようで、ゴンドラが昇っていくにつれて、俺たちは落ち着きを取り戻していった。


 そうして冷静になると、ふと考えてしまう。


 あれ? このシチュエーション、恋人みたいじゃない?


 仲のいい男女がふたりきりで観覧車に乗っている。マンガやアニメならば、そのふたりは恋人同士か、付き合う一歩手前だろう。


 そんな状況に、俺と彩芽はいるのだ。


 このお出かけはデートかもしれないと意識していたことや、カフェで一緒にカップルドリンクを飲んでいたことが、なおさら恋人感を醸し出している。


 気づいたら堪らなかった。体温が上昇し、鼓動が速まっていく。


 彩芽も俺と同じ気持ちになっているようで、頬を赤らめてモジモジしていた。


 ついさっきまではしゃいでいたのが嘘のよう。俺と彩芽の口数が減っていき、あっというにゼロになった。


 まともに相手の顔を見られなくて、俺たちは顔を背け合う。それでも気になってしまい、互いにチラチラとうかがい、目が合うたびにパッと逸らす。


 気恥ずかしくて、居たたまれなくて、けれど、甘酸っぱい空気感。


「あ、あのっ!」


 そんななか、ワンピースの裾をギュッと握りしめて、彩芽が声を上げた。


「哲くんに受け取ってほしいものがあるんですけど……」

「受け取ってほしいもの?」


 コクリと首を縦に振って、彩芽がバッグのファスナーを開く。


 バッグから取り出されたのは、綺麗に包装された、文庫本サイズの箱だった。


 どこか強張こわばった顔つきで、彩芽が箱を手渡してくる。


「以前から準備していたのですが、お渡しするならこのタイミングかと思いまして……ど、どうぞ!」

「ありがとう。開けてもいい?」

「は、はい」


 尋ねる俺に、彩芽が目を『><』にしながら頷いた。


 包装紙を剥がし、箱を開ける。なかに入っていたのは、丁寧に編み込まれたミサンガだ。


 俺は目を丸くする。


「これ、『甘ニャン』に出てきた……」


 そのミサンガが、『甘ニャン』のヒロインである奈緒が、主人公である和希にプレゼントしたものと瓜二つだったからだ。


「マンガやアニメのグッズを集めるのが好きと、哲くん、おっしゃっていましたよね? ですから、哲くんが喜んでくれるかと思って、『甘ニャン』に出てきたミサンガを作ってみたんです。奈緒さんが和希くんにプレゼントしたのは観覧車に乗っているときでしたので、いまお渡しするのが一番いいかな、と」


 緊張しているからか、説明する彩芽は早口だった。


 ジン、と胸が痺れ、温もりで満たされていく。


 好きなマンガのグッズを入手できたのは、もちろん嬉しい。


 それ以上に、グッズ集めが好きだと覚えていてくれたことが。


 俺を喜ばせたくてミサンガを作ってくれたことが。


 作品と同じ状況でプレゼントしてくれたことが、堪らなく嬉しい。


 俺のためを思って、彩芽はいろいろと考えてくれたんだ。嬉しすぎて、泣いちゃいそうだよ。


 目頭が熱くなるのを感じながら、俺は彩芽にお礼を伝える。


「ありがとう、彩芽。メチャクチャ嬉しいよ。大切にするね」

「はい! 哲くんに喜んでもらえて、わたしも嬉しいです!」


 強張っていた彩芽の顔に、笑みが浮かんだ。


 窓から差し込む陽光が、笑顔の彩芽を照らす。その様は、さながら絵画のワンシーン。天使が舞い降りたかのようだった。


 神々しいまでの美しさに、俺は目を奪われてしまう。


 言葉もなく見とれていると、彩芽がしおらしく訊いてきた。


「哲くん、そちらに座ってもいいですか?」

「えっ? あ、ああ、いいよ」


 我に返って応じると、彩芽が立ちあがり、俺の隣に移動してくる。


 腰を下ろした彩芽が、じっと俺を見つめてきた。小豆色の瞳は潤んでおり、純白だった頬は桜色になっている。


 恋する乙女みたいな表情に、思わず息をのんだ。


 ドキドキと胸が高鳴るなか、ふと思い出す。


 そういえば『甘ニャン』では、ミサンガをプレゼントしたあと、奈緒が和希にキスしていたっけ。


 直後、そのシーンを再現するかのように、彩芽が顔を近づけてきた。


「あ、彩芽!?」


 唖然あぜんとして声を上げる。


 しかし、彩芽は応じない。無言のまま、なおも距離を詰めてくる。


 心臓が狂ったように脈を打つ。耳元にあるのかと錯覚してしまうほど、鼓動がうるさい。


 もはや彩芽の顔は目前。しかし、彼女の美しさに囚われてしまったのか、俺は身動きひとつできなかった。


 彩芽がまぶたを伏せて、唇を近づけてくる。


 彩芽に魅了されてしまった俺は、命じられたかのように目を閉じた。



「……ぷっ」

「へ?」



 暗闇のなか、笑いを堪えきれず、吹き出してしまったような音が聞こえる。


 まぶたを開けると、唇を重ねようとしていたはずの彩芽が、クスクスと笑みを漏らしていた。


 数秒間ポカンとしたのち、ようやく気づく。俺は彩芽にからかわれたのだと。


 理解すると同時、羞恥心がこみ上げてきて、燃えるように顔が熱くなった。


「か、からかったな、彩芽!?」

「すみません。プレゼントを喜んでもらえたのが嬉しくて、つい、羽目を外してしまいました」

「だからって、やっていいことと悪いことがあるんですけど!? 本当にキスされると思っちゃったんですけど!?」

「顔を真っ赤にする哲くん、可愛かったですよ」

「少しは反省してくれません!?」


 俺が眉をつり上げても、彩芽は相変わらず、おかしそうに笑っている。


 純情をもてあそばれた気分だ。勘弁してくれよ。


 恥ずかしいやら悔しいやらで、俺はがっくりとうなだれる。


 深々と溜息をつくなか、彩芽が呟いた。


「そうですよね。まだ早いですよね」

「え?」


 うなだれていた顔を上げると、彩芽と目が合った。頬を色づかせた彩芽は、どこか思わせぶりに微笑んでいる。


「ま、まだ早いって、どういう意味?」

「いまは内緒です」


 動揺する俺に、唇に人差し指を当てながら、彩芽がウインクしてみせた。


 まだ早いってことは、彩芽はいつか、俺と……。


 彩芽の発言が含む意味を考えて、俺の顔はますます熱くなった。




 もう誤魔化すことはできない。


 俺は彩芽に惹かれている。日を追うごとに、どんどん魅力的に思えてくる。


 

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