女の子とのお出かけはデートに含まれますか? ――1
五月半ばの休日。
午前八時半、板場に向かうべく、俺は玄関で靴を履いていた。
俺は
ここまでされると、もらいすぎなんじゃないかと心配になってしまう。せめて家賃くらいは払おうと思ったのだが――
「気にしなくてもいいのよ? この前も言ったけど、自分の家だと思ってくつろいで? 自分の家だと思って」
と、由梨さんにやんわりと断られてしまった。
それならば、バイトの働きで恩返しをしようと考えて、俺は誰よりも早く板場に入り、下準備をするようにしていた。
靴を履き終えて、パンパンと頬を叩き、気合を入れる。
「よし! 今日も頑張るか!」
「おう、哲。今日はバイト休みでいいぞ」
「えっ?」
その折り、歩いてきた厳さんにそう伝えられた。
肩透かしを食らった気分になり、俺は目をパチパチとしばたたかせる。
「いいんですか?」
「お前さん、いつも一生懸命に仕事してくれてるからな。たまには羽を伸ばすのも大切だろ?」
「は、はあ……わかりました」
戸惑いつつも首肯すると、ニカッと笑い、厳さんが戻っていった。
残された俺は、玄関に立ち尽くしたまま、「うーん……」と腕を組む。
思いがけず休みをもらったけど、なにをして過ごそうか……。
「あら? どうしたの、哲くん? ボーッとして」
考えていると、厳さんと代わるようにやって来た、由梨さんに声をかけられた。
「今日のバイトが休みになったので、なにをしようか考えていたんです」
「そうなの。だったら、ちょうどいいものがあるわ」
由梨さんが、ポン、と手を合わせて、「ちょっと待っていてね?」と、来た道を戻っていく。
しばらくして帰ってきた由梨さんは、紙切れを手にしていた。
「これ、友達がくれたものなんだけど、哲くんに譲るわ。よかったらもらって?」
手にしている紙切れを差し出してくる由梨さん。
なんだろう? と俺はのぞき込み――
「『甘ニャン』劇場版のチケット!?」
驚きと喜びが混じった声を上げた。
『甘ニャン』はアニメ化されているのだが、それが大好評となり、第二期と劇場版の制作が決まった。そして今月の初旬に、劇場版の全国上映がはじまっていたのだ。
高揚感をあらわにする俺の様子に、由梨さんが目を丸くする。
「あら? 知っている作品なの?」
「はい! 大好きなマンガの劇場版なんです! ずっと楽しみにしてて、時間ができたら観にいこうと思っていたんです!」
「なら、このチケットはなおさら、哲くんが持っていたほうがいいわね」
「本当にいいんですか?」
「ええ。わたしはアニメ映画に疎いから、哲くんに楽しんでもらったほうが嬉しいの」
たおやかに微笑んで、由梨さんがチケットを手渡してきた。
チケットを受け取った俺は、口元に笑みを浮かべて、頭を下げる。
「ありがとうございます! しっかり楽しんできます!」
「喜んでもらえたのなら嬉しいわ」
由梨さんが目を細めて、「ああ、そうそう」と補足する。
「チケットは二枚あるから、誰か誘ったらいいんじゃないかしら?」
「二枚?」
重なっていて気づかなかったけど、由梨さんの言うとおり、たしかにチケットは二枚あった。
「この作品が好きなお知り合いがいたら、声をかけてみたらどう?」
「そうですね。誰かと一緒に観たほうが楽しめるでしょうし」
「お母さん、こんなところで哲くんとお喋りしてるの?」
「あら、彩芽」
俺と由梨さんが話しているのを見かけて、彩芽が寄ってくる。厳さんとの会話から一〇分も経っていないのに、よくもまあ次から次へと訪れるものだ。
「哲くん、バイトが休みになったらしくてね? なにをしようか悩んでいるみたいだったから、映画のチケットをプレゼントしたのよ」
「映画のチケット?」
「これだよ」
俺がチケットを見せると、小首を傾げていた彩芽がキラキラと瞳を輝かせる。
「『甘ニャン』!? 映画になっていたんですか!?」
「ああ。人気作だからね」
「スゴい! なんていうか……スゴいです!」
「哲くんだけじゃなくて、彩芽も知っていたの?」
興奮しすぎて語彙力を失っている彩芽に、キョトンとしながら由梨さんが
コクコクコクと、彩芽が何度も頷く。
「うん! 哲くんに教えてもらって、大好きになったの!」
「それはよかったわね。同じものが好きなのなら、ますます仲良しになれるんじゃないかしら?」
「えへへへ。そうなったら、いいよね」
頬を緩める彩芽は、いつもよりあどけなく感じる。普段のおしとやかさとのギャップにやられて、俺の胸がキュンと疼いた。
頬が熱くなるのを感じつつ、手元のチケットに目を落とす。
――この作品が好きなお知り合いがいたら、声をかけてみたらどう?
――哲くんに教えてもらって、大好きになったの!
俺が勧めた『甘ニャン』を、彩芽は素直に読んでくれた。『哲くんの好きなものを好きになれて、よかったです』と言ってくれた。
だから、俺が誘いたいひとは決まっている。一緒に楽しみたいと思うひとは、
照れくささに頬を
「あのさ、彩芽? よかったら、一緒に観にいかない?」
由梨さんと彩芽が目を丸くした。
ドキドキと鼓動が跳ねるなか、彩芽がヒマワリみたいな笑みを咲かせる。
「はい! 是非とも!」
尻込みしないで誘ってよかったと、心から思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます