偶然? ――4

 午前の授業が終わり、昼休みになった。


 由梨さんが作ってくれた弁当を手にして、俺は修司と知香のもとへ向かう。


「修司、知香、一緒に食べようよ」

「悪い、哲。今日は無理だわ」

「あたしも修くんも、委員会の仕事があるんだよ」

「そっか……」


 期待が外れて肩を落とす。


 残念だけど、仕事があるならしかたがない。ふたりと食べるのを諦めて、俺は気持ちを切り替えた。


 さて、どうしよう? ひとりで食べるのはちょっと寂しいから、誰かと一緒がいいんだけど……。


「わたしたちとご一緒しませんか、哲くん?」


 俺の心を読み取ったかのように、横から彩芽が声をかけてきた。もちろん、美影も彼女に付き添っている。


「お話を盗み聞きしたようで申し訳ないのですが、お一人で食べられるよりも楽しいと思いますよ?」

「おっ! 高峰さん、哲を頼めるのか?」

「はい。哲くんとは、お隣さん同士ですからね」

「ちょうどいいじゃん、哲くん。せっかく席が隣同士になったんだし、彩芽ちゃんと親睦を深めなよ」


 修司と知香も、彩芽・美影との食事を勧めてきた。


 彩芽との親睦はとっくに深まっていると思うけど、一緒に食事をするのが嫌なわけではない。というか、むしろ嬉しい。


 それに、彩芽は俺のために声をかけてくれたんだ。断る理由がないよね。


 ひとつ頷いて、彩芽に返事をする。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「「よしっ!」」


 俺が答えた直後、応援しているスポーツチームがゴールを決めたときみたいに、修司と知香が歓声を上げた。


 何事かと思ってそちらを向くが、ふたりの様子は先ほどと変わっていない。


 だけど、一瞬だけ、ガッツポーズをとっているのが見えたような……。


「いま、ガッツポーズしてなかった?」

「「してないしてない。気のせい気のせい」」


 尋ねる俺に、ふたりは揃って首を横に振る。


 だったら、俺の見間違いなのかな? 考えてみれば、ガッツポーズをとるような状況でもないしね。




「お二人が食事されるなら、適した場所がございます」


 三人で一緒に食べると決まってから、美影がそう言った。


 階段を降り、廊下を進み、美影が俺たちを案内したのは、中庭だった。


「こちらです」

「ええ……ここなの?」


 俺は顔をしかめる。美影には悪いけど、テンションはだだ下がりだ。


 許してほしい。なにしろこの中庭は、桜沢の生徒のあいだで、『カップル御用達』として有名な場所なのだから。


 実際、すでに複数のカップルがベンチでイチャついており、甘ったるい雰囲気が垂れ流しになっている。


 カノジョがいない俺にとって、ここの空気は耐えがたいし、恋人じゃない女の子と食事するには不適切だろう。


 俺は美影に意見した。


「別のところにしない?」

「ですが、中庭は開けていて見通しがいいので、彩芽様を警護するには最適なのです」

「さっき言ってた『適した場所』ってのは、そういう意味だったのか」


 美影が中庭を選んだ理由はわかった。彩芽を守りたいという気持ちも理解できる。


 しかし、だからといって、引き下がる気にはなれない。


「見たらわかるけど、ここではたくさんのカップルがイチャついてるんだ。俺たちが食事するのには向いてないんじゃないかな?」

「向いてないとは、どういう意味でしょう?」

「そ、それは、あれだよ。俺たちは付き合ってるわけじゃないんだし、気まずくなっちゃうでしょ?」

「わたしは構いません。お気になさらず」

随分ずいぶんと強い心臓をお持ちのようで!」


 あっさり言ってのける美影に愕然がくぜんとしてしまった。旗色が悪くなってきたのを感じ、冷や汗が頬を伝う。


 い、いや、まだ大丈夫だ。流石に彩芽は気にするだろうし。


 焦りを抑えつけて、俺は彩芽に訊く。


「彩芽はどう思う?」

「正直、少し恥ずかしいですね」


 ポッと頬を赤らめて、彩芽が目を逸らした。


 よしっ! 彩芽が味方になってくれた! これなら美影を説得できる!


 俺はグッと拳を握る。


 だが、喜びはつかの間だった。


「でも、哲くんとなら大丈夫です」

「へ?」


 頬を朱に染めたまま、彩芽が上目遣いで見つめてくる。小豆色の瞳は潤んでいた。


 色香が匂い立つような表情に、思わず見とれてしまう。


 俺が言葉をなくしているうちに、美影が締めくくりに入った。


「わたしと彩芽様はここで構わないと思っています。多数決ではこちらが優勢ですが、いかがなさいますか?」


 美影が涼しげな顔で、彩芽が羞恥と期待が混じったような顔で、俺に眼差しを向ける。


 二対一の状況で反対できるわけないじゃないか。完全に負けイベントだよ。


 諦めて、溜息をつく。


「わかったよ。彩芽の安全にも繋がるみたいだしね」

「ご理解、感謝いたします」

「わがままを聞いてくれて、ありがとうございます」


 美影が深々と頭を下げて、彩芽がふにっと目を細めた。

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