偶然? ――3

 朝っぱらから精神的な疲労を感じつつ、学校に到着した。


 修司・知香と雑談して過ごし、やがてHRの時間になる。


「よーし。席替えするか」


 担任の矢山ややま先生(二九歳・男性)が、開口一番そう切り出した。


 突然の知らせに教室内がざわつく。


 戸惑った様子で、ひとりの女子生徒が先生に尋ねた。


「先月の半ばに席替えしたばかりだけど、またするの?」

「あー……それは、あれだ。ゴールデンウィークが終わって、お前ら、憂鬱だろ?」

「だね。正直、やる気でない」

「だから、気分転換が必要だと思ったんだよ。その点、席替えはいい刺激になるんじゃないか? イベントっぽくて楽しいだろ?」

「まあ、そうかも?」


 唐突すぎて驚いたけど、先生の言い分はもっともだ。みんなも納得したようで、ざわつきは収まっていった。


 反発がないのを確認した先生が、穴の開いた箱を取り出す。


「さあ、楽しいクジ引きの時間だ。名前を呼ぶから順番に来てくれ。クジを引いたら、書いてある番号と座席表を照らし合わせること。いいな?」


 先生に呼ばれ、ひとりずつクジを引いていく。


 俺の番になってクジを引くと、『28』と記されていた。座席表を確かめると、28番の座席は窓際の最後列だった。


「マンガの主人公みたいな席だなあ」


 移動先がいかにもな場所だったので、思わず、ぷっ、と吹き出してしまう。


 そんな俺のもとに、修司がやってきた。


「哲はどの席になった?」

「28番。窓際の最後列」

「マンガの主人公みたいな席じゃん」

「やっぱり、そう思うよね」


 修司も同じ感想を抱いたようだ。おかしくて、ふたりして笑い合う。


「そうか。28番。28番ね」

「そうだけど……どうして何回も繰り返すの? まるで、覚えようとしてるみたいに」

「別に深い意味はねぇよ。じゃあ、俺は行くわ」

「ああ」


 引っかかるものを感じながらも、俺は修司を見送る。


 自分の席に戻る途中、足を止めて修司が振り返った。


「マンガの主人公みたいな席になったんだし、ラブコメみたいな展開が起きるといいな」

「まさか。そんな簡単に起きるものじゃないでしょ」

「さて、どうだろうな? 期待してもばちは当たらないと思うぜ?」


 思わせぶりな言葉を残し、今度こそ修司は去っていった。




 全員がクジを引き終えて、いよいよ席替えがはじまった。


「よいしょ」


 自分の席を窓際最後列まで運び、ふぅ、と一息つく。


「哲くんがお隣なんですね?」

「へ?」


 その折り、聞き慣れた声が右横から届いた。


 そちらを向くと、嬉しそうに微笑む彩芽がいて、俺はポカンとしてしまう。


「え? 彩芽が隣なの?」

「はい。仲良くしてくださいね?」

「あ、ああ。こちらこそ」


 ペコリとお辞儀する彩芽につられて、俺も頭を下げた。


 ニコニコと満足そうな顔をして、彩芽が自分の席につく。


 一方の俺は、意外な展開に立ち尽くすばかりだ。


 ビックリしたなあ。最近、彩芽と一緒になる機会がやたらと増えたけど、座席まで隣同士になるなんて、思いもしなかったよ。


 ここまで来ると、偶然にしては出来過ぎではないかと感じてしまう。意図的に行われているのではないかと疑ってしまう。


 いぶかしさに眉をひそめて――俺は苦笑した。


 いや、考えすぎだよね。まさか、先生がクジに細工をしたわけでもあるまいし。


 バカげた想像を自分で笑い飛ばし、俺は席についた。




 一時限目は数学の授業だ。


 ノート、教科書、筆箱を、机から取り出す。


「哲くん、ちょっといいですか?」


 授業の準備をしていると、彩芽が声をかけてきた。困ったことがあったのか、彼女の眉は下げられている。


「どうしたの?」

「わたし、教科書を忘れてしまったみたいで……」

「えっ?」


 俺は少なからず驚いた。


「彩芽はスゴく成績がいいから、忘れ物なんてしないと思ってたよ」

「わたしだって人間ですから、ミスはしますよ」


 目を丸くする俺に、彩芽が苦笑を見せる。


「それでなんですが、よかったら、哲くんの教科書を見せてもらえないでしょうか?」

「ああ。大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」


 パアッと明るい顔をして、彩芽が自分の席をくっつけてきた。


 数学の先生が来て、授業がはじまる。


 ふたりともが見られる位置で教科書を開くと、彩芽が体を寄せてきた。


 肩と肩が触れ、つややかな栗毛が俺の腕をくすぐる。ドキリとせずにはいられない。


 堪らず、彩芽に訴えた。


「ちょ、ちょっと近くない? もう少し離れてもいいんじゃないかな?」

「すみません。教科書が見えにくくて……ご迷惑でしょうか?」

「いや! 迷惑なんてことはないよ!」

「でしたら、このままでいさせてくれませんか?」

「う……っ。そ、そうだね。見えにくいんだもんね」

「ありがとうございます。哲くんは優しいですね」


 ほわほわと彩芽が微笑む。微笑みかけられたうえに優しいと褒められもして、俺の鼓動はさらに加速した。


 頬が熱を帯びるのを感じた俺は、照れているのが彩芽にバレないよう、顔を逸らす。


 五月の風に若葉が揺れる様を窓から眺めつつ、俺は小さく溜息をついた。


 彩芽のそばにいると、どうしても調子が狂っちゃうなあ。修司の言葉を借りるわけじゃないけど、まるでラブコメみたいな展開だよ。


 そんな感想を抱いて、ふと思い出す。


 そういえば、『甘ニャン』にもこんなシーンがあったっけ。

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