偶然? ――2

 身支度を整えて、由梨さんが作ってくれた朝食をとり、高峰家を出る。


 学校への道を歩きながら、隣を見た。


「わざわざ待ってなくてもよかったんだよ?」

「わたしが待っていたかったので」


 そこにいるのは彩芽だ。


 俺が起きたとき、彩芽はすでに制服に着替えていたし、由梨さんも朝食の準備を終えていた。しかし、彩芽は俺が身支度を整えるのを待ち、一緒に朝食をとり、揃って登校してくれているのだ。


 ありがたいと思うのと同時に、申し訳ないとも感じてしまう。


 そんな俺に、彩芽がたおやかに微笑みかけた。


「わたしたちは一緒に暮らしているんですし、揃って登校するのは自然なことではないでしょうか?」

「そうなのかなあ?」

「そうなんです。ですから、哲くんが気に病む必要はないんです」


 たしかに、同居している男女がふたりで登校するのは、青春ラブコメではテッパンのシチュエーションだ。


 けれど、そういうシチュエーションはフィクションだからこそ起きるものではないだろうか? それとも、現実でもそうなのだろうか?


 うーん……わからない。女の子と同居するなんて、はじめての経験だからなあ。


 気にはなるけど、確かめることはできないし、考えても答えは出ない。やりようがないので、俺は諦めることにした。


 彩芽との会話が一区切りつく。


 そのタイミングで俺は振り返った。


「ところで、どうして美影はそんなに離れているの?」


 ずっと不思議だったことについて尋ねる。


 彩芽の付き人なので、当然ながら美影は俺たちと登校している。しかし、なぜか一〇歩ほど後ろにいるのだ。


 依然として距離を開けたまま、美影が答える。


「付き人はあるじを立てるものだからです。自分の立場をわきまえて、主の背についていく。それが重要な心得なのですよ」

「でも、彩芽と美影が並んでるところ、俺はよく見かけるんだけど」


 指摘すると、美影がピクリと身じろぎした。


 わずかなを置いて、美影が口を開く。


「……情報が常に更新されるように、あらゆる分野の最適解はアップデートされるものです。わたしは彩芽様にふさわしい付き人でありたい。ですから、古い心得を捨てて、新しい心得を学んだのです」

「そうなんです、哲くん。美影は頑張り屋さんですからね」


 やけに饒舌じょうぜつに美影が語り、そんな彼女を彩芽が賞賛する。


 答えるまでに間があったのが気になるけど……ふたりが言うのなら、そうなのかなあ?


 どことなく違和感があったけど、ふたりの言い分は理に適っているので、俺は納得することにした。


 雑談しているうちに学校が近づき、桜沢の生徒をちらほら見かけるようになってきた。


 彼ら彼女らは一様に、並んで歩く俺と彩芽に好奇の目を向けている。


 当然と言えば当然だ。美影が警戒している影響で、彩芽と親しい男性は、これまでにいなかった。にもかかわらず、彩芽は俺と並んで登校している。そのうえ、美影が俺を追い払うことなく、静かに見守っているのだから。


 はたから見れば大事件だろう。事実、周りの生徒たちは興味津々のようだった。


 無遠慮な視線がチクチクと刺さる。彼ら彼女らに悪気はないのだろうけど、居心地が悪くてしかたがない。


 堪らず、彩芽に呼びかけた。


「あ、あのさ? もう少し、離れて歩かない?」

「どうしてですか?」

「並んで歩いてると、変な噂を流されるかもしれないでしょ?」

「変な噂?」


 よくわかっていないのか、彩芽が小首を傾げる。


 気恥ずかしさに頬を掻きつつ、俺はゴニョゴニョと教えた。


「その……俺たちが付き合ってるんじゃないかとか、そういう噂だよ」

「ふぇ!?」


 彩芽が目を白黒させる。


 またたく間に色づく彩芽の顔。


 リンゴよりも赤い顔になった彩芽は、恥じらうようにうつむいた。モジモジするその姿が、俺を一層落ち着かない気分にさせる。


「そ、そうなんですね。一緒に歩いていると、付き合ってると思われるんですね」

「ああ。だから、離れて――」


 ピトッ


 そこから先の言葉を発することはできなかった。


 俺はピキリと硬直する。


 離れるどころか、彩芽がピッタリと身を寄せてきたからだ。


「なんで、くっついてくるの!?」

「と、特に理由はないんですよ? 変な意味はないんですよ? ただ、急に哲くんにくっつきたくなりまして……」

「突然そんな衝動に駆られること、ある!?」

「あるんです! ですから、もっとくっつきましょう!」

「ちょ、ちょっと待って! これ以上は流石に……っ!」


 慌てふためく俺に、やけに興奮した様子で彩芽が抱きついてくる。


 こういうとき、美影ならば止めてくれると思ったが、どういうわけか彼女は一向に助け船を出さず、静観を決め込んでいた。


 彩芽の暴走により、周りの生徒たちの注目をますます集めてしまったのは、言うまでもない。

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