偶然? ――5
「まずは座れるベンチを探しましょう、哲くん」
「ああ。そうだね」
ふたりだけの世界に浸っているカップルたちを意識しないように努め、俺たちは中庭を進む。
中程まで行くと、空いているベンチをいくつか見つけた。
「ここはどうでしょう?」
「いいと思うよ」
「警護の観点からも好条件と言えます」
「では、ここにしましょうか」
彩芽がベンチの右端に腰掛けて、紅葉みたいに頬を色づかせながら、左隣をポンポンと叩く。
「さ、さあ、どうぞ、哲くん」
「えっ!? 俺が隣!? 美影じゃなくて!?」
「茜井さんが
「たしかに言ってたけど、充分深まってるんじゃないかな!?」
「わたしはもっと深めたいんです!」
「彩芽様がここまで仰っているのです。女に恥をかかせるものではありませんよ、神田さん?」
「うう……わ、わかったよ」
ふたりに押し切られて、俺は彩芽の隣に座った。真横に彩芽がいるだけでもドキドキするのに、カップル御用達の場所でそうしているんだと意識したら、頭が沸騰しそうになる。
「それでは、わたしも失礼します」
俺に続き、美影も腰掛けた。
俺と彩芽が座っているベンチ――ではなく、その横にあるベンチに。
「なんでそっちなの!?」
「なんで、とは?」
「こっちのベンチがまだ空いてるでしょ!?」
そう。彩芽が右に詰めているため、俺の左側には一人分のスペースがあるのだ。
ただでさえ緊張しているのに、彩芽とふたりきりにされたら心臓が保たない。だからこそ、美影には是が非でもこちらのベンチに座ってほしい。
そう願っていたのだが、美影は首を横に振った。
「そういうわけにはいきません。わたしがそちらのベンチを利用したら、神田さんの両隣に女性がいる状態になってしまいますから」
「それのどこがいけないの?」
「神田さんにその気がなくとも、そのような場面を目撃されたら、『女を
美影に指摘されて、俺はハッとした。
「た、たしかに! 両手に花だしね!」
「最悪の場合、神田さんは『女の敵』というレッテルを貼られ、白い目で見られる日々を送るハメになるかもしれません」
「わたし、哲くんが悪者扱いされたら悲しいです」
「な、なるほど。それならしかたないか。ふたりとも、心配してくれてありがとう」
ふたりに礼を言って、ふぅ、と胸を撫で下ろす。
危うく、不名誉極まりないあだ名をつけられるところだった。美影が気を利かせてくれて助かったよ。
(美影、ナイス機転!)
(もったいないお言葉です)
「ん? ふたりとも、なんかアイコンタクトとってるみたいだけど……」
「い、いえ、なんでもないですよ! そんなことより、ご飯にしましょう!」
「そうですね。お昼休みは有限ですから」
目配せし合っていた彩芽と美影が、いそいそと弁当箱を開ける。
話をはぐらかされた気がするけど……いや、根掘り葉掘り聞くのは、デリカシーに欠けるよね。
疑問を片隅に追いやって、俺も弁当箱を開けた。
弁当の内容は、玉子焼き、ほうれん草のおひたし、根菜とがんもどきの煮物、こんにゃくのピリ辛炒め、豚の角煮だ。
彩芽の弁当を作ったのも由梨さんなので、俺の弁当とほとんど同じ内容だが、豚の角煮のところが銀ダラの西京焼きになっている。
「「いただきます」」
ふたりして手を合わせ、箸を取った。
料亭の若女将のお手製ということもあり、弁当のおかずはどれも丁寧に作られている。
ただ、せっかく由梨さんが手間を掛けてくれたというのに、いまの俺には味わう余裕がなかった。
なにしろ、周りにいるカップルたちが、人目もはばからずにイチャつきまくっているのだから。
ぜ、全然落ち着けない。美味しいお弁当が台無しだよ。
玉子焼きを
俺の様子が気にかかったのか、彩芽が心配そうにのぞき込んできた。
「大丈夫ですか、哲くん? なにやら浮かない顔をされていますが……」
「ああ、ゴメン。どうしても気が散っちゃってさ。周りが、ほら……あれだから」
「そ、そうですね。わたしも、緊張してしまいます」
イチャつくカップルたちをチラリとうかがって、彩芽が頬を赤らめた。恥ずかしがる彩芽の姿に、ますますドキドキしてしまう。
ふたりしてモジモジするなか、意を決したように彩芽が眉を立てた。
「こ、このままではお食事を楽しめません。対策を講じましょう」
「対策? どんな?」
尋ねる俺に、彩芽が答える。
「わたしたちもイチャイチャするんです」
「なにゆえ!?」
想像の斜め上を、ジェット機並みの勢いで行く発言だった。
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