夢みたいだけど心臓に悪い状況――4

 彩芽が手伝ってくれたおかげで、夕飯から一時間ほど経ったところで課題を終わらせられた。余裕ができたので、推しのVTuberの配信をリアタイ視聴することもできた。本当に彩芽様々だ。


 最後まで配信を楽しんで、時間を確認する。スマホの時計は一〇時を示していた。


「そろそろお風呂に入ろうかな。みんな、上がっていることだろうし」


 彩芽や由梨さんからは、


「お風呂は好きなときに入って大丈夫ですよ」

「ええ、そうね。自分の家だと思ってくつろいで」


 と言われている(由梨さんの口調は同居をはじめてから砕けた)。


 しかし、あくまで俺は居候。たとえ許可されていても、心情的にためらってしまう。


 そんなわけで、俺は最後に入浴することにしていた。大抵、一〇時以降になるけれど、動画やマンガがあるので、待つのは苦ではない。


 クローゼットを開けて寝間着や下着の用意をしていると、コンコン、とドアがノックされた。


「こんな時間にすみません。少しいいですか?」

「大丈夫だよ。ちょっと待っててね」


 来客者は彩芽のようだ。


 一旦、クローゼットに着替えを戻し、ドアを開ける。


 そこに立っていた彩芽はパジャマ姿だった。お風呂上がりであるらしく、長い艶髪つやがみがしっとりしており、頬もほのかに色づいている。


 艶めかしい色気を醸し出しながらも、パステルイエローのパジャマを着ているところはあどけない。


 大人っぽい色気と、あどけない可愛らしさ。相反する魅力が共存している様に、頭がクラクラしてしまう。


 言葉をなくす俺を不思議に感じたようで、彩芽が小首を傾げた。


「哲くん?」

「あっ! ゴ、ゴメン、ボーッとしてた!」


 我に返った俺は、誤魔化ごまかしの笑みを作る。


「えっと……なにか用事でもあるの?」

「よろしければ、『甘ニャン』の続きが読みたくて……」


 はにかみながら彩芽が答えた。


 どうやら布教は大成功したらしい。同志が増えたことが嬉しくて、ついつい口角が上がってしまう。


「もちろん、いいよ! いま取ってくるね」


 ルンルン気分で『甘ニャン』の続巻を持ってきて、彩芽に手渡す。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 マンガを受け取った彩芽は頬を緩めて――


「では、お邪魔しますね」

「はい?」


 室内に入ってきた。


 ポカンと立ち尽くす俺の横を通り過ぎ、クッションに腰を下ろした彩芽は、ニコニコしながら自分の隣を叩く。


「さあ、哲くんもどうぞ」

「そ、そうだね」


 今回も一緒に読みたいようだった。


 前はOKしたのに今回は断ったとなったら、気分を損ねてしまうかもしれない。そう危惧した俺は、観念して彩芽の隣に座る。


 ううっ……やっぱり緊張するなあ。


 美人は三日で飽きると言われているが、彩芽には当てはまらないと思う。飽きるどころか、どんどん魅力的に感じてくるのだから。


 だからこそ、慣れることができない。彩芽がそばにいると、どうしようもなく鼓動が高鳴ってしまう。


 加えて、いまの彩芽はお風呂上がり。桜みたいな匂いにシャンプーの香りがプラスされて、いつも以上に俺の理性を揺さぶってくる。緊張と煩悩のダブルパンチだ。


 耐えろ、俺! 彩芽がマンガを読み終えるまでの辛抱だ!


 緊張と煩悩にあらがうべく、俺は唇を引き結ぶ。


 自分に喝を入れたところで、彩芽が次のページをめくった。


 現れたのは、キスシーン。


 カチン、と硬直する体。ブワッ、と上昇する体温。


 頬に冷や汗を伝われながら、自分のミスを悟る。


 そ、そうだった! この巻にはキスシーンこれが出てくるんだった!


 すでに読んでいるので、俺はこの巻の内容を知っている。キスシーンが出てくることも把握している。しかし、緊張と煩悩に振り回されていたため、そのことをすっかり忘れていたのだ。


 彩芽とふたりきりでいる状況下、一緒にキスシーンを眺めるなんて、居心地が悪いったらない。


 ヘマをしちゃったなあ。これ以上に気まずいことってないよ。彩芽も困っているんじゃないか?


 顔をしかめていると、ふいに彩芽がマンガを下ろした。


 どうしたんだろう? と、俺は首を捻る。


 コテン


 ビクゥッ!


 直後、彩芽が俺の肩に頭を預けてきて、飛び上がってしまいそうなほど驚いた。

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