出る杭は打たれるけど出過ぎたら認められる――5

 秀さんとの対決が終わったころには四時半を回っていた。そろそろ夜営業の準備に取りかからなければならない。


 ただ、応援してくれた彩芽には、秀さんに勝ったことを伝えたかった。厳さんに許可をもらい、裏口に急ぐ。


 ドアを開けた直後――


「きゃっ!」

「うあっ!?」


 彩芽と鉢合わせして、俺は目を丸くした。


 急いでいた俺は勢いを殺しきれず、彩芽と抱き合うかたちになってしまう。


 むにゅり、とたわわな胸が押しつけられる。艶やかな髪からは、桜みたいに上品な匂いが香ってきた。


 ふたり揃って弾かれたように身を離す。


「ゴゴゴゴメン!」

「い、いえ! わたしのほうこそ!」


 互いに赤い顔をしながら、俺と彩芽はアタフタする。


 汗ばんでしまいそうなほど体が熱い。心臓は、耳の横で鳴っているんじゃないかと錯覚するくらいうるさかった。


 気まずさと甘酸っぱさが混じった空気感。


 その空気感に耐えられず、俺は強引に話題を変えた。


「え、えっと、どうしてここに? 板場に用でもあるの?」

「哲くんと秀さんの対決が、そろそろ終わったのではないかと思いまして。勝ったんですよね?」


 俺は目を丸くする。


 彩芽の口ぶりが、『質問』ではなく『確認』のものだったからだ。


「たしかに勝ったけど……よくわかったね」

「信じてましたから」


 ニッコリと笑って、さも当然のように彩芽が言い切った。


「哲くんが、秀さんを超えるくらいスゴいひとだということは知っていました。だから、きっと哲くんが勝つんだって、疑いもしませんでしたよ」


「秀さんには内緒ですよ?」と、彩芽がお茶目にウインクする。


 胸がじんわりと温かくなった。


 こんなにも評価してくれていたなんて、こんなにも信頼してくれていたなんて……マズい、ニヤけちゃいそうだ。


 嬉しさのあまりだらしない顔をさらしてしまいそうで、慌てて表情筋に力を込める。


 喜びに浸っていると、彩芽がボソリと呟いた。


「これで、板前の皆さんも味方になってくれますね」

「ん? なんの話?」

「いえ、なんでもありません」


 なんでもないと言う割りに、彩芽はニコニコと上機嫌そうだった。

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