004_その老婆、買います!

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 004_その老婆、買います!

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 転生2日目、俺は干していた服を着た。

「冷たいな……」

 半乾きだった。


「着ていれば、体温で乾くか?」

 背嚢もアイテムボックスにしまい、俺は金貨が5枚入った革袋だけポケットに入れて部屋を出た。


 1階の食堂に入って、入り口のところにあるメニューを読む。

 なぜかこの世界の文字が読める。異世界転生特典というやつだろうか。


「お客さん、何になさるかね」

 食堂に入ると給仕のおばさんが居た。

「Aセットをお願いします」

 Aセットはメインが肉のセットだ。昨夜食べそこなったから、ガッツリ食いたい。


 席について待っていると、トレイに載せられた食事が運ばれてきた。

「おお~」

 クリームシチューのような白いスープと肉とパンだけだが、肉がデカい。パンがデカい。

 肉は300グラムくらいありそうだ。パンも俺の顔くらいある。これは食べ応えがあるぞ!


 パンは神様にもらったものよりも柔らかい。フランスパンくらいの硬さだ。これをスープにつけて頬張る。

「お、意外といけるな」

 やや味が薄い気もしないではないが、これはこれで美味しい。


 次は分厚いステーキだ。ちょっと硬くナイフが入りにくいが、切れないほどではない。

「肉汁が少ない赤身か。ガッツリ食べる時は赤身のほうがありがたいものだ」

 若い俺でも脂がのった高級肉は胃にもたれるからね。

 味は塩とこれはなんだろう? ハーブなのか、ちょっとさっぱりとした感じになっている。これも悪くない。


「げふー……食った、食った」

 さすがにこんなに食べると、腹がはちきれそうだ。

 朝からこんなにガッツリ食うとは、異世界というのは凄いところだ。


「あらまぁ、全部食べたのかね」

 先程の給仕のおばさんだ。


「食べたらダメでした?」

「いいよ。でも女の子は大概残すんだけどね。うふふふ」

 女の子ではないんですけど。目くじらを立てることでもないから言わないけどさ。


「あの、この町で服が買える店はありますか?」

「それなら宿を出て右に行って、3つ目の十字路を左に行くと5軒目にあるよ」

「ありがとうございます。行ってみます」

 ここでチップをあげたほうが良かったんだろうけど、持っているお金は金貨しかない。さすがに1万円相当のチップとなると手が動かなかった。どうせ俺は小心者だよ。


 宿を出ておばさんの言うように道を進むと、服屋があった。窓がないから看板がなかったら通り過ぎていたよ。

 ただし……女物の服屋だった。あのおばさん、俺のことを完全に女の子認定しているようだ。


 男物の服屋を聞いたよ、ええ、聞いたさ。

 ただ聞くだけでは気まずいから、男でも着られそうな服を1着購入した。それでも女性物の服だから着る機会はないだろう。


 そして男物の服屋で服を5着、下着を10枚、靴下を10足購入した。

 あと雑貨屋でタオル10枚とちょっとした桶を購入。さすがに疲れた。


 広場のベンチに座って休憩しているといい匂いが漂ってきた。

 鼻をスンスンさせて、その匂いにつられて屋台の前に立つ。祭りの屋台などで売っているイカの姿焼きだ。

 この匂いは醤油じゃないが、香ばしい良い匂いだ。


「お、可愛いお嬢ちゃんだ。池イカの姿焼きはどうだい? 今姿焼きを買ってくれたら、ゲソ焼きをサービスしちゃうよ」

 サービスしてくれるのか。この容姿も悪くない。どの世界でも可愛いは正義ということだな。


「おじさん、姿焼きを1つもらうよ」

「あいよ、白銅貨3枚だぜ」

 この池イカは日本のスルメイカにそっくりだけど、池で獲れるのか? 近くに池があるのかな?

 池イカの姿焼きを受け取って、先ほどのベンチに座った。


「ちょっと生臭いけど、美味いな」

 池イカの生臭さというよりは、タレが洗練されてない感じかな。でも美味い。

 このタレ、醤油じゃないけど醤油っぽい。

 このタレを買えないかな。塩などの調味料も欲しい。


 そんなことを考えながら、美味しく池イカの姿焼きとゲソ焼きを交互に食べた。朝ご飯をあれだけ食べた後だけど、食べ切った。なんか懐かしい味なんだよね。でも夜ご飯が食べられないくらいに腹が膨れた。


 タレはどこで買えるのかな? おじさんに聞いてみるか。


「おじさん。そのタレ何て言うの?」

「このタレが気になるのか? うーん、本当は教えないんだけど、お嬢ちゃんは可愛いから特別に教えちゃおうかな」

「本当に! ありがとう、おじさん!」

 とても可愛らしく演技してみた。情報料と考えれば、これくらいなんてことはない。


「このタレはバーガンを使っているんだ」

「バーガン?」

「バーガンはググルトを潰して発酵させた調味料だな」

「ググルト?」

「なんだ、ググルトを知らないのか」

「うん」

 ちょっと上目遣いで教えてほしそうにする。こういう時、可愛い容姿は武器になる。


「教えてやるから、そんな目で見るなよ」

「ありがとう!」

 ググルトというのは、豆らしい。大豆かな。

 どこで買えるか聞いてみる。


「ははは。ググルトを買うよりバーガンを買ったほうが早いぞ。そもそも、素人じゃググルトからバーガンなんて作れないし」

 そりゃそうか。納得だ。


「この先にあるゴルテオ商会で買えるぜ」

 ゴルテオさんの店か。一度は顔を出さないといけないと思っていたが、思った以上に早くなってしまったな。


 おじさんにお礼を言って、もう1本池イカの姿焼きを買うと、ゲソ焼きをまたサービスしてくれた。また寄らせてもらうからね。

 人目のないところで池イカの姿焼きとゲソ焼きをアイテムボックスに収納した。こういうのを誰かに見られるのは、避けるべきとラノベバイブルで読んだ記憶がある。用心が過ぎるかもしれないけどね。


 ゴルテオさんの店は大きい。ショーウィンドウまである。ガラスはこの世界にもあったようだ。

 これだけ大きな店しかガラスを使ってないところを見ると、かなり高級品なんだろう。


「すみません。バーガンとググルトはありますか?」

 近くに居た店員に聞いたら、案内された。

 1リットルくらい入りそうな壺のような容器に入ったものがバーガンで、ググルトは大豆じゃなかった。ググルトは10センチほどのサヤに小さな粒がびっしりと詰まっている豆だ。かなり細かいから数十個は入っている。


 バーガンを1瓶、ググルトを1袋購入。

 ググルトはこの町でよく食べられているもので乾燥させると塩味が強くなるらしく、塩の代わりに乾燥粉末を使うことも多いそうだ。


 さらに発酵させるとバーガンになるらしいが、細かい製法は店員も知らず教えてもらえなかった。当然だな。

 一応、生でも食べられるが、アクがかなりきついらしい。食べるなら水に数日漬けてから湯がいてアクを十分に取るのが一般的らしい。

 そう言えば、宿のスープの中に小さな豆が入っていた。あれがググルトなのだろう。


 他に大きめの布の袋を10枚買った。サンタクロースの袋のように大きなものだ。その袋の1枚にバーガンとググルトを入れていると、声をかけられた。

「昨日ぶりですね。ようこそおいでくださいました」

「こんにちは、ゴルテオさん。図々しくもやってきました」

「歓迎しますよ、トーイ様」

 ゴルテオさんは相変わらず厭味のない笑みを浮かべている。


「こちらへどうぞ」

「え、あ、俺は」

「まあまあ」

 バーガンとググルトを買ったから帰ろうと思っていたんだけど、断り切れず地下へ案内された。


「ここは……」

「奴隷を扱っているフロアになります」

 檻の中に人が入れられている。こうやって見ると、やっぱり気分がいいものではない。


「奴隷はお気に召しませんか?」

「どうもこういうのは……」

「そういう方も少ないですが、居ります。ですが、奴隷制度は必要なものです。ここに居る者の多くは、奴隷にならなければ餓死していた者たちです」

「餓死……」

「食うに困る家は多いのです。奴隷になれば主人が衣食住を保障します。それに家族も一時的にですが、お金が手に入ります。そのお金で借金を返済したり、食べ物を購入したり、一時的かもしれませんが生活できるようになるのです」


 ゴルテオさんはさらに続ける。


「犯罪者も奴隷にしますが、こちらは刑の執行が主な目的です。鉱山や戦場などの過酷な場所で、働かされます」

 この世界では犯罪者に更生を促さないそうだ。罪を犯したら、それに見合った刑罰が与えられる。それが犯罪奴隷制度だとゴルテオさんは言う。


 犯罪奴隷は罪の重さによって、強制労働させられる。窃盗などの軽いものだと、町中の清掃活動くらいで済むけど、強盗や強姦、そして殺人ともなると鉱山や戦場で使い潰されるそうだ。


 奴隷は行動を制限できる支配奴隷と、行動を制限しない任意奴隷に分けられる。犯罪奴隷は前者で、借金奴隷は後者になる。

 任意奴隷でも主人の情報を他言しないとかの制限は与えられるそうだ。


 支配奴隷と任意奴隷は共に奴隷期間が設定されている。

 支配奴隷の場合は刑期だけど、任意奴隷は借金返済期間だ。


「こちらの奴隷は、支配奴隷でございます。お値段は1万グリルになります」

 俺が一点を見つめて奴隷のことを考えていたら、視線の先にいた奴隷が気に入ったと勘違いされたようだ。


「あ、いえ俺は……」

 そこで気づいたが、その奴隷は老婆だった。顔に深いシワがある老人で、物語で描かれるようなシワくちゃな老婆の魔女かと思うような顔をしている。

 失礼かと思ったが、いつお迎えが来ても不思議ではない人を気に入るわけない。よく考えてほしいものだ。


「この者は魔法使いなのですが、魔法を暴走させてしまったことで支配奴隷になりました」

 こんな老婆でも支配奴隷にするのか。過酷な場所に投入したら、あっと言う間にぽっくりいきそうじゃないか。

 それはともかく、魔法使いだからまさに魔女だった。


「この年齢では先がありません。ですからお値打ちになっております」

 買った翌日に昇天しても、1万グリルだから諦めがつくわけか。いやいや1万グリルは10万円だぞ。結構な金額だ。


「どうですか?」

 どうですかって、俺に買えってこと? さすがにこんなお婆さんじゃ、立つものも立たないよ。


「こういった老人は、労働力ではなく知識を役立てるのです」

 体ではなく頭を働かせるわけか。

 奴隷を買う気はないけど、もし買うと仮定するなら若い女性のほうがいい。見ているだけで目を楽しませてくれるような、綺麗な人がいいに決まっている。


「この者は売れ残っており、この後鉱山に送られます。そうなれば、数日もせずに……」

 ゴルテオさんが目を伏せる。

 えぇ……そんなこと聞かせられると、心が痛むじゃないか。そうやって買わせようという腹だよね? 買わないからね。


「残念です。この者の命もあと数日ですか……」

 ぐっ……。凄く悪いことをしている気分だ。

 老婆まで俺をじっと見つめてくる。そんな恨めしそうな目で見ないでくれよ。


「では、あちらに行きましょう。そこの君、アンネリーセを鉱山に送ってくれ」

「はい。畏まりました」


 あぁもうっ!

「買います。この人を買いますから、鉱山へは送らないでください」

 俺ってなんでこんなにお人好しなんだろうか。自分で自分が嫌になる。


 ゴルテオさんは良い笑みを浮かべ、従業員の人を手で制した。

「お買い上げありがとうございます。さっそく手続きしますから、別室でお待ちください」

 俺が買うことが分かっていたような対応だ。いや、買わされたんだろう。百戦錬磨の商人と俺では役者が違うということだろう。


 

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