003_異世界は不便が常識
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003_異世界は不便が常識
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夕方近くにケルニッフィに到着し、宿まで送ってもらった。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえいえ。こちらのほうが助けていただきました」
こういう挨拶って切り上げるタイミングが分からないんだよな……。
「奴隷を購入する時は、私の店にお立ち寄りください。良い奴隷を揃えていますよ」
ゴルテオさんの店はダンジョン関連の商品や衣食住に関するもの、そして奴隷まで扱っているそうだ。日本で言うところのデパートのように、なんでも売っているらしい。
奴隷に興味はないし、先立つものもそんなにあるわけじゃない。
そう言えば、ゴルテオさんからもらったお金があったっけ。神様にもらったお金を含めてどれだけあるかな。
神様のほうは硬貨の種類が分からず、放置した。ゴルテオさんにもらったほうも同じく硬貨の価値がわからず、そのまましまい込んだ。共に後から確認しよう。
「俺に奴隷が買えますかね……」
買う気ないから、やんわりとお断り。
「もちろんです。それに奴隷も色々な用途がありますので、はい」
にこやかに奴隷の説明をしてくれるゴルテオさんだけど、ここは宿屋の前だから邪魔になっちゃうよ。とは言えないんだよな。
奴隷で一番安いのは、労働力にならない老人らしい。金額は1万グリルくらい。10万円で人が買えるなんてあり得ないよ。
次に安いのが幼い子供。こちらも労働力として期待ができないからだそうだ。でも容姿が良いと、男女問わず値が上がる。性的な需要があるからだ。ロリ・ショタは触ったらいけないんだぞ!
ちなみに、俺はロリコンではない。可愛いとは思うが、普通に同年代かちょっと年上がいい。
若くて容姿の良い奴隷で性的なことがOKだと、かなり値が張るらしい。最低でも50万グリル。高い場合はそれこそ1000万グリルを超えるらしい。金額に大きな幅があるけど、どの道俺には高嶺の花という感じだね。
だけどいつか綺麗なお姉さんとムフフなことをしてみたい。俺だって男だからね。もちろん奴隷じゃないよ。自由恋愛推奨派ですから。
「おっと長話になってしまいました。お許しください」
「いえ、大変有意義な話を聞かせていただきました」
これでお別れと思ったところに、ゴルテオさんが何かを差し出してきた。
カードのようなそれは、5枚あった。
「これは?」
「レコードカードですよ。知りませんか?」
知りませんよ。なんですか、これ?
「盗賊たちのレコードカードです。死んだ時に出てくるものですよ」
えぇ……死んだらこんなものが出てくるの?
なんでも人間が死んだら、このカードが胸から出てくるのだとか。これは個人情報が記載されていて、偽造はできないらしい。その情報に犯罪歴も含まれているから、盗賊を討伐したらこのレコードカードを政庁に持っていくといくばくかのお金がもらえるらしい。
「トーイ様が倒された盗賊のレコードカードは、トーイ様のものです。お持ちください」
「……ありがとうございます」
なんというか、異世界なんだと実感するものだ。
ゴルテオさんたちに手を振って別れ、宿屋に入る。清潔そうで感じの良い宿だ。
「いらっしゃいませ」
「しばらく御厄介になります」
「はいはい。伺っております」
伺っている? どういうこと?
「1泊いくらになりますか?」
「お代はすでに1カ月分頂いております」
「へ?」
「ゴルテオ商会の方から頂いております。はい」
ゴルテオさんが宿の前で奴隷の話をしている時、ルイネーザさんが宿の中に入って何か話をしていた。このために奴隷の話を持ち出して引き止めたのか。なかなか粋なことをしてくれる。
こういうことをする気遣いができる人だから、あれだけの商隊を率いて商売ができるんだろうな。
気遣いか……俺には無理だな。その場の雰囲気が読めないから、あんな目にあわされていたんだ。
「そうですか……それじゃあ、ありがたく泊まらせてもらいます」
「はい。こちらへどうぞ」
俺はゴルテオさんのご厚意に甘えることにした。宿の人に代金を返してこいと言うわけにもいかないからね。
案内された部屋は3階にあり、角部屋だった。窓は東と南側に1個ずつある。角部屋ならではだね。
窓は木戸でガラスはない。この町のどの家の窓にもガラスは入っていない。ガラスは高級品なのか、それともガラス自体がないか。
「ふー。とりあえず、野宿は免れた。それだけでも上々だ」
窓を開けて外の光景を見ようと思ったが、すでに日が沈んでしまい真っ暗だ。見える範囲に街灯はなく、この宿の前には篝火が焚かれている。
10畳くらいの部屋にベッドと机と椅子があるだけで、灯りは明るくないランプが1つだけ。
この部屋いくらするんだろうか? ゴルテオさんの話だと安い宿で300グリルだけど、そんな部屋を用意するとは思えない。
タダで泊まらせてもらっているが、安宿だとゴルテオさんの評価が下がる。最高級ではなくても、普通以上なんだと思う。
「そう言えば、風呂はあるのかな? 返り血を浴びたから最低でもシャワーは浴びたいんだけど」
部屋の出入り口以外の扉が2つあるから、開けてみる。
「ここは……」
床が50センチくらい高くなっていて、穴が開いている。木桶が穴の下にある。多分だけどトイレだ。
「シャワートイレとまでは言わないが、せめて水洗にしてくれ……」
そこで俺は気づいてしまった。このトイレ、紙がない。
「ま、マジか……」
端に何かの葉が置いてある。あれで拭けと言うのか……。
「異世界、ヤベーよ」
もう1つの扉を開ける。シャワールームではなく、洗面所のような感じの場所だった。
この部屋には風呂どころかシャワーさえない。あのトイレを見た時、なんとなくそんな気はしていた。ショックだが、少しだけ心構えができていたからダメージは少ない。
「これ、水が出そうなんだけど、どうやって使うのかな?」
ちょっと触ってみたが、水は出ない。しょうがないから1階のフロントで聞こう。
「あの、風呂とかないですか?」
「お風呂ですか? そういったものは、貴族様の屋敷にあるようですが、一般的なお宅や当店のような宿にはないですね……」
従業員さんが困った顔をしている。俺は非常識なことを聞いているのかもしれない。恥をかいたということで、1つも2つも同じだ。
「体を拭くのはどうしたら?」
「部屋の洗面所で水が出ますから、それを使ってください」
「その洗面所はどうやって使えば……?」
従業員はちょっと意外そうな顔をしたが、丁寧に教えてくれた。
ド田舎から出てきた田舎者とでも思われたか。まあそう思ってもらったほうが、色々聞けるからいいけどさ。
洗面台はマジックアイテムで、魔石をはめると動くらしい。洗面台に石のようなものが置いてあったけど、それが魔石なんだってさ。
部屋に戻って桶に水を溜めて、タオルを濡らし硬く絞って体を拭く。
「うぅ……寒い……」
水で体を拭くのは寒く、ぶるりと震えた。
「人肌が恋しい」
人肌の温かさを知らないけどさ。
体を拭いたついでに脱いだ服を洗濯だ。
「こ、こいつ……しつこい!」
服にこびりついた血の汚れは、擦っても擦っても落ちない。
「石鹸があると少しは違うんだろうけど」
石鹸はないと言われた。そもそも石鹸のことを知らなかった。
本当に不便な世界に来てしまったものだ。
「あまり血は取れなかったけど、仕方がない」
部屋にあった洗濯ロープを張って、そこに服を干した。
さっさと着替えて……あれ? 俺、着替え持っていたっけ?
背嚢をがさごそ……ない。
「はっ!? アイテムボックス!」
に服が入っているわけなく……。
「神様よぅ……」
着替え、どうしようか……。
おいおい、洗濯しちゃったじゃん。
俺はそそくさとベッドに潜り込んだ。
「あ、ご飯……」
この宿は朝晩の食事つき。でもこの姿で食堂に行くわけにはいかない。
しょうがない硬いパンと干し肉を食べよう。
背嚢から取り出して、ガリッガリッとパンを齧る。水が進む。
口直しに干し肉を齧る。水が進む。
「パンは硬いし、干し肉は塩辛い。初日から最悪だ」
そうだ、お金を確認しておかないとな。
パンと干し肉を背嚢に戻して、神様とゴルテオさんからもらった2つの革袋を取り出す。
シーツを被りながらベッドの上に中身をジャラジャラと出す。
神様のほうは1000グリル金貨が10枚と1万グリル白金貨が9枚。合計で10万グリル。
ゴルテオさんのほうは1000グリル金貨が10枚、1万グリル白金貨が9枚、10万グリル黒金貨が4枚。合計で50万グリル。
「神様がケチなのか、ゴルテオさんが気前がいいのか……」
後者だと思っておこう。
「とりあえず600万円相当だから、かなりの大金だ。服くらい何着でも買えそうだな」
他に必要だと思うものはなんだろうか?
剣と胸当はある。片手剣なら盾も使える。当面はこれでなんとかなるだろう。
そう言えばゴルテオさんは、奴隷が50万グリルで買えると言っていたな。
まさかゴルテオさんにもらったこの金で、ゴルテオさんの店で奴隷を買えということか。
ゴルテオさんも食えない人だ。
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隠れ転生勇者 ~チートスキルと勇者ジョブを隠して第二の人生を楽しんでやる!~ 大野半兵衛(旧:なんじゃもんじゃ) @nanjamonja
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