002_おパンツください

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 002_おパンツください

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 喧騒の原因は、盗賊が馬車の一行を襲っていたものだった。

 詳細鑑定で盗賊たちのステータスを確認したから、間違いない。


 これで心置きなくケモ耳少女とエルフ美人を助けられる!


「うおーっ」

 ズシャッ。

 背後からの一撃を浴びた盗賊は、その頭が胴体から離れた。

 盗賊の首から大量の血が噴き出し、それが俺にかかる。血というものは、こんなに熱いと感じるものなのか。


 大量の返り血を浴びた俺だが、今はそれどころではない。

 無我夢中で俺は剣を振った。その度に俺の剣が盗賊の血を吸って真っ赤に彩られていく。


「はぁはぁはぁ……」

 気づいたら盗賊は全滅していた。俺は5人くらい倒しただろうか? 夢中だったから、細かい数字は覚えていない。


「うっ……うげぇーっ」

 考えたら、人どころかネズミだって殺したことなかった。

 胃の中のものが全部出てきた。

 異世界に来たその日に、人殺しなんてハードすぎるだろ。


 涙目で何度も嘔吐した。もう胃の中のものは何もない。胃液さえない。

 地面に座り込んで休憩していると、見覚えのあるエルフ美人さんが俺の前で立ち止まった。

「助勢感謝する」

「え……あ……いえ、お怪我はありませんか?」

 感謝されるのは慣れてない。思わず、何を言われたか理解できなかった。

 この世界では、このように感謝されることが普通にあるのか。


 しかしせっかくのエルフ美人さんとの会話なのに、吐いていたら決まらないな……。

「数人怪我をしたが、死人は居ない。貴殿の助勢のおかげだ」

「俺なんて大したことしてないでしょ」

 5人くらいしか殺してないし。吐いてるし……。


「いや、貴殿が盗賊の頭を倒してくれたおかげで、盗賊たちが浮足立った。そのおかげでこの程度の被害で済んだ。感謝している」

 よく分からないが、俺が最初に斬り殺した盗賊が頭だったようだ。エルフ美人さんが頻りに感謝している。


「自己紹介が遅れた。私はルイネーザと言う。この一団の護衛たちを束ねている」

「俺はトーイです」

「俺……?」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。トーイ殿か。いい名だ」

 なんだか誤魔化した? そうか、今の俺は可愛らしい顔をしている。もしかしたら女の子だと思っていたから、俺と聞いて戸惑った感じか。


 この馬車の一団はゴルテオという商人の商隊で、ルイネーザさんはその護衛隊長。

 ルイネーザさんがゴルテオさんに会ってほしいと言うから、ついていった。


「ゴルテオ様にお会いする前に、トーイ殿の姿を何とかするべきだな」

「ん?」

「返り血を盛大に浴びているぞ」

「あ……」

 俺の姿はかなり酷い状態らしい。

 すでに血が服に染みついていて、洗っても全部は落ちないだろうとルイネーザさんは言う。


 近くの小川で護衛の人たちが血を洗い流している。小さな川だから、水が赤く染まっている。

 俺も顔と頭の血を洗い流し、ほとんど乾いている服の血は我慢する。

 護衛の人たちも返り血を浴びているけど、俺のように盛大に血だらけというわけではない。護衛をするだけあって、殺し慣れているんだろう。


「この布で剣の血糊を拭くといい」

 ルイネーザさんは使い古された布をくれた。

 護衛の人たちのやっていることを見様見真似で、剣を小川で洗って水気を拭き取る。最後に何かの油を塗ってまた拭き取る。油も貸してくれた。


「ありがとうございました」

「いや、いい。剣を使うなら、そういった古布を持っているといいぞ」

「古い布ですか……」

 俺、こっちの世界に来てまだ数時間ですから、古い布なんて持ってませんよ。


「通常は着古した服や下着を使う。良い布でなくてもいいのだ。その布も私の下着だったものだ」

「えっ……」

 これ……おパ、おパ、おパ、おパ、おパ、おパンツ!? ルイネーザさんのおパンツ様なの!?

 ルイネーザさんのおパンツ様……。ゴクリッ。


「おパ……ツ……ださ……」

「ん、何か言ったか?」

 うぐっ……思わず、おパンツくださいと言いそうになった。危ない! そんなこと言ったら変態じゃないか。俺はそんな変態……でも、使い古しのこれなら……。あ……回収するのね……。しょぼん。


「こっちへ来てくれ。ゴルテオ様がお待ちだ」

「……はい」

 トボトボとルイネーザさんについて行く。馬車の前で椅子に座った50代のダンディなオジサマがゴルテオさんらしい。


「私はしがない商人をしておりますゴルテオと申します。この度はご助勢いただき、本当にありがとうございました」

 手を差し出された。握手かな。シェイクハンド。握手で正解だったようだ。


「いえ、たまたま居合わせただけですから、お気になさらず。あ、俺はトーイといいます。よろしくお願いします」

 ゴルテオさんはニコリとほほ笑んだ。


「こちらは些少ですが、お納めください」

 いきなり茶色の革袋を差し出されて、ちょっとびっくりした。多分、お金だよね。


「いえ、そういうためにしたわけじゃないので……」

「助けられてお礼もしなかったとなれば、ゴルテオの沽券に関わりますから遠慮なくお納めください」

 ぐいぐい来る。


「それじゃあ、遠慮なくいただきます」

 ずしりと重い革袋を背嚢にしまい、椅子から立ち上がろうとする。


「トーイ様は、これからどちらへ?」

 浮かした腰を椅子に戻す。


「どこと言われると困るのですが、宛てのない旅の途中です」

「ほうほう。それではこの先の町まで馬車でお送りしましょう」

 これは楽をできるチャンスだけど、この人の言葉を厚意とだけ受け取っていいのだろうか。

 俺を騙して何かしようと思っているかもしれない。世の中、都合の良い話なんてないんだ。


「いえ、歩いて行きますので」

「そう仰らずに、旅の話でも聞かせてください」

 断っても誘われる。嫌な感じはないけど、居心地いいとも言えない。

 結局押し切られてしまった俺は、ゴルテオさんの馬車に一緒に乗ることになった。


 この商隊は4台が幌馬車になっていて、1台だけ屋根のある人が乗るための馬車だ。

 当然ながらゴルテオさんは屋根ありの馬車に乗っている。必然として俺もその馬車に乗る。


 各馬車の御者席には御者と護衛が1人ずつ乗り、この馬車だけは屋根にも護衛が乗っている。それと馬に乗った護衛が4人。

 これがどれほどの規模の商隊か分からないけど、物々しい。


「この先には王都に次ぐ大都市のケルニッフィがあります」

「初めて行くのですが、どんな都市なのですか?」

「ダンジョンがあるのですよ」

 ダンジョンッ!?

 お、落ちつけ俺。ダンジョンと言っても、俺が考えているものと同じとは限らないぞ。


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、なんでもありません。……そのダンジョンの特徴を教えてもらってもいいですか?」

「おや、ダンジョンに興味がおありのようですね」

 ゴルテオさんは「ふふふ」と不敵に笑う。


「ないと言えば嘘になりますので……」

 うんうんと頷いたゴルテオさんが口を開いた。


「そのダンジョンは『バルダーク迷宮』と言われておりまして、多種多様のモンスターが生息しています。モンスターを倒すと死体は消滅し、アイテムがドロップします。そして稀にレアドロップがあるのですよ。レアアイテムは高値で売れますよ」

 ふむふむ。ゲームっぽい内容だ。


「ダンジョンに入るには、どうしたらいいのですか?」

「探索者ギルドという組織があります。そこで登録すれば、誰でも入れますよ」

 なるほど、なるほど。探索者になればいいんだね。


「そうそう。ダンジョンに入るなら、仲間と一緒のほうがいいですよ」

「1人ではかなり危険ということですね」

「はい、その通りです。探索者たちはモンスターや罠を発見するスカウト、モンスターを引き付けるタンク、モンスターを攻撃するアタッカー、回復を担当するヒーラーなどが居ないと探索がままならないのです」

 パーティーを編成しろってことだね。


「今のところ仲間は……」

「仲間とはジョブとスキルを教え合う仲ですからね、信用できる仲間に出会うのは大変なことでしょう。報酬は均等割りが一般的ですから、メンバーが多ければ多い程収入が減ります」

 俺が言い淀んでいると、そんなことを教えてくれた。


「そうだ、奴隷を購入されてはいかがですか?」

「ど、奴隷ですか……?」

 異世界物のマストな設定だけど、この世界にも奴隷制度があるんだ。


「奴隷に興味がおありのようですね」

「な、ないっですよ……」

 美人の奴隷を購入して、いいことをする夢を何度か見たことはある。だけど、実際に人間を売り買いするのはさすがに気が引ける。


「気をつけてくださいよ。奴隷でも粗雑に扱うと、法に触れますからね」

「そ、そうなんですか?」

 法に触れるって、どういうこと?


「奴隷にも人権があります。契約にないことを要求することはできません。たとえば、性行為を了承してない奴隷を無理やり手籠めにしますと、普通に強姦罪で捕まりますよ」

 俺が思っていた奴隷制度とは少し違うようだ。人権があり、契約次第でしてもらえることに制限があるんだね。


 ゴルテオさんから色々教えてもらった。俺も日本のことをぼかしながら話した。

 お互いに面白い話が聞けて良かったはずだ。


 今向かっているケルニッフィは人口20万人程の都市。

 産業はダンジョン関連になる。ダンジョンから産出されるアイテムを仕入れる商人、探索者を相手に武器や防具、便利なアイテムを売る商人、そういった商人に商品を卸す職人たち。

 探索者は1万から2万人居るらしいけど、ダンジョンから帰ってこない探索者も多いから、人数にかなりの誤差があるらしい。


 物価を聞くふりして、通貨のことも聞いた。

 1グリル銅貨、10グリル白銅貨、100グリル銀貨、1000グリル金貨、1万グリル白金貨、10万グリル黒金貨の6種類の硬貨がある。

 パン1個が8グリル、リンゴ1個も8グリル、お手頃な定食は80グリル、安い剣が2000グリル、宿代は安ければ300グリル、最低限のサービスを受けたいなら600グリルが必要だとか。

 聞く限りは1グリルで10円くらいの価値だと思う。


 

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