第3話
夕方の公園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。木々の間を抜ける風が、ひんやりとした心地よさを運んでくる。魔堂零士(元魔王)はいつものベンチに腰を下ろし、手にした缶ビールのプルタブを引いた。
「やれやれ、今日もよく働いた。俺もすっかり現代人ってわけか。」
零士がひとりごちるその時、前方から制服姿の山田歩(元勇者)が現れた。
「貴様、またここにいたのか。」
歩は零士の前で立ち止まり、眉をひそめて言った。
「お前こそ、また規律の説教か?」
零士は苦笑しながらビールを一口飲み、空を見上げた。
「いい加減、そんな堅苦しい顔やめたらどうだ? 異世界じゃないんだぞ、ここは。」
「異世界であろうとなかろうと、規律は常に重要だ。それを忘れれば、この世界も混乱に陥るだろう。」
歩の真剣な口調に、零士は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、お前がそう言うならそうなんだろうさ。でも、俺は疲れてるんだ。せめてここでくらい、自由にさせてくれよ。」
「自由…その言葉は、貴様の勝手な行動を正当化するために使われているだけではないか?」
「うるせぇよ。」
零士が苦笑しながら缶ビールを置いたその時、一羽の鳩が歩の足元に近づいてきた。
「なんだ、こいつ…?」
歩が驚きつつも鳩をじっと見つめると、零士が呆れた声で答える。
「ただの鳩だよ。お前、鳩くらい見たことあるだろ。」
「異世界には存在しなかった種だ。近づいても逃げないとは、なんとも人懐っこい生き物だな。」
「おいおい、それじゃ餌付けでも始める気か?」
零士が笑いながら言うと、歩は真剣な顔で頷いた。
「彼らにとって必要なものを与えることは、この世界の秩序を保つ一助となるはずだ。」
「いやいや、そんな大層な話じゃねぇから!」
零士は心底呆れたような声を上げたが、歩は鳩に向けて手を差し出していた。
「お前、鳩にパン買ってやるなんて本気かよ。」
零士はコンビニのパンコーナーで選り分ける歩の姿を見て呟いた。歩は真剣な顔で袋入りのフランスパンを手に取り、言った。
「彼らもこの世界の一員だ。できる限り助けるべきだろう。」
「いや、鳩なんてそこらじゅうにいるだろ。それ全部助ける気か?」
「すべての生命は等しく価値を持つ。お前が異世界で悪行を働いていたのも、この原則を無視していたからだ。」
「なんでパン買う話から、俺の過去が責められるんだよ。」
零士は苦笑しながら、レジに向かう歩を追った。
歩が買ったフランスパンをちぎり、鳩に差し出すと、数羽の鳩が次々と集まってきた。その様子を眺めながら、零士は肩をすくめる。
「ほら見ろ、無限に集まってくるぞ。これじゃ秩序もクソもないだろ。」
「集団が形成されるのは自然なことだ。それを管理するのが規律の役目だ。」
歩はパンを配りながら、どこか満足げな表情を浮かべていた。それを見た零士は呆れながらも、どこか楽しげに笑った。
「ほんと、お前は変わらねぇな。」
「貴様もだ。だが、この世界では多少変化が見られる。」
零士はその言葉に目を丸くしたが、すぐに小さく笑った。
「まぁ、そうかもな。俺も現代社会に染まったってことだろ。」
歩は黙って頷き、フランスパンを最後の一切れまで配り終えた。
夜の気配が公園を包み始める中、二人は再びベンチに座った。
「この世界での生活も悪くない。」
歩が呟くと、零士は苦笑しながら空を見上げた。
「そうだな。異世界じゃこんな穏やかな時間、なかったもんな。」
「だが、貴様のような存在がいる限り、警戒を緩めることはできない。」
「おいおい、またそこに戻るのかよ。」
二人は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。こうして異世界の宿敵だった二人は、現代という新たな世界で奇妙な日常を紡ぎ続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます