第2話

昼休みの教室。窓の外からは、校庭で楽しげに遊ぶ生徒たちの声が聞こえてくる。教室内では、それぞれが好きな場所で昼食をとったり、雑談をしたりしていたが、教壇の前に立つ一人の青年の声が静寂を呼び込んだ。


「本日の清掃当番を発表する。藤堂君、佐藤君、そして高城さんだ。」


その厳格な声に、教室のざわつきは一瞬静まり返る。しかし、後ろの席に座っていた藤堂真希(元不良)が苦笑を浮かべ、机に肘をつきながら口を開く。


「おいおい歩、昼休みにそんな発表しなくてもいいだろ。みんな分かってるって。」


「分かっているなら、なぜ自ら行動しない?」


山田歩(元勇者アルヴィン)は真剣そのものだった。その表情に、藤堂は苦笑しながら肩をすくめる。


「清掃くらい適当にやりゃいいだろ。いちいち命令口調で言うほどのことかよ。」


「適当な態度が、いずれ規律全体の崩壊を招く。些細なことを軽視する者は、大事なことも守れなくなる。」


その言葉に、教室の後方からクスクスと笑い声が漏れる。


「歩、いつも正論ばっかりで疲れない?」


「ほんと、それで世界を救ったつもりかよ。」


冗談混じりのからかいに、歩は眉一つ動かさずきっぱりと答える。


「救ったことがある。だが、それを語るべき場ではない。」


教室は一瞬静まり返り、次の瞬間には笑いが爆発する。そんな中、風紀委員副委員長の高城優奈が席を立ち、軽く歩の肩に手を置いた。


「歩、そこまで気負わなくても大丈夫だよ。掃除くらい、みんなちゃんとやるから。」


「それでは秩序が曖昧になる。秩序が曖昧になれば、やがて教室全体が混乱に陥る。」


「混乱って…。そんな簡単に崩壊するほど、うちのクラス弱くないよ。」


高城は優しい微笑みを浮かべながら言ったが、その言葉にはどこか歩への諭すような響きがあった。歩はその目をじっと見つめ、一瞬考え込む。そして小さく息を吐いた。


「では、提案がある。10分間、全力で清掃に取り組む。その後、自由時間とするのはどうだ?」


高城は満足そうに頷き、周囲に声をかけた。


「それいいね! みんな、10分だけ頑張ろう!」


教室は一気に活気づき、楽しげな声が響く中、掃除が始まった。歩は窓を拭きながら、小さく呟く。


「規律と自由…この世界では、どうやら両立が可能らしい。」





午後3時過ぎのオフィス。蛍光灯の明かりが白く光り、規則的に鳴るキーボードの音が空間を満たしている。魔堂零士(元魔王)は自分のデスクに座り、山積みの営業報告書を前にため息をついていた。


「これ全部、今日中に終わるわけねぇだろ…。」


隣の席に座る若手社員、中村佳樹が恐る恐る声をかける。


「魔堂さん…。先方からまたクレームが来ました。」


「またかよ。何だ今度は?」


「納期遅延の件です。でも原因は向こうの仕様変更で、僕たちには…。」


中村の声は次第に小さくなり、零士は無言で報告書を机に投げ出した。


「おい中村。仕様変更の連絡、いつ来た?」


「昨日です。でも、対応が…。」


「分かった。俺がやる。お前は横で見て学べ。」


零士は電話を取り、短く深呼吸してから話し始めた。


「お世話になっております。こちら魔堂です。」


電話の向こうから聞こえる怒鳴り声にも、零士は動じない。彼は相手の話を最後まで聞き、一拍置いてから静かに言葉を返す。


「失礼ですが、お客様が最も優先したい点は何でしょうか? 納期厳守でしょうか。それとも別の条件の調整もお望みですか?」


怒りのトーンが下がるのを感じた零士は、すかさず続けた。


「納期短縮には追加コストが発生する可能性がありますが、それでも問題ないとおっしゃるなら、即対応可能です。」


相手が戸惑う声を上げた瞬間、零士は冷静に締めくくった。


「では、こちらから具体案を送付いたします。それをご確認の上で、再度ご連絡いただければ幸いです。」


電話を切った後、中村が感嘆の声を上げる。


「魔堂さん…めちゃくちゃすごいです! 僕にはあんな対応、とてもできません…。」


「やめとけ。こんな駆け引きが必要な時点で、この業界が終わってんだ。」


零士は苦笑しながら、再び報告書に目を落とした。その背中には、どこか魔王としての威厳が漂っているようにも見えた。





その日の夕方、歩は教室での出来事を思い返しながら公園のベンチに腰掛けていた。


「規律を守ることが笑われる…そんな世界があるとは。」


ふと顔を上げると、スーツ姿の零士が片手に缶ビールを持ちながら歩いてくるのが見えた。


「おい歩、また真剣に考え込んでんのか?」


「貴様、仕事帰りか。」


「ああ。今日も現代のモンスターどもを相手にしてきたところだ。」


二人は顔を見合わせ、同時に微笑んだ。こうして異世界からの転生者たちは、現代という舞台で新たな日常を紡いでいくのだった。

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