第7話 執行命令
勝は、上空から獲物を見据える鷹のように、目を光らせていた。
昨夜改正した法律に従い、小西を岩崎たちの魔の手から救わなくてはならない。
たが、勝には、なぜ小西がいじめられることになってしまったのか、皆目見当がつかないでいた。
小西は今まで岩崎らと行動を共にしており、勝はてっきり、岩崎達と友達なのだろうと思っていた。
ここで勝は、「友達」というものについて考えてみた。
今となっては友達がいない勝だが、中学卒業までは、胸を張って「友達」と呼べる存在がいた。
だが思い返してみると、その「友達」と連絡を取ることも無くなってしまった。
あぁ、友達だと感じていたのは自分だけだったのだろう、と一人で寂しい気持ちになった。
友情、とくに高校生とか、思春期の頃のそれは、思ったより複雑なモノなのではないか。
「友達」一人一人が円になり、両隣の人間と、手のひらを使って細くて脆いガラスの棒の両端を支え合っている。
力を入れすぎれば棒は折れてしまい、力を抜けば落ちてしまう。
折ったり落としたりして、円を乱した者は、その瞬間に「友達」では無くなってしまう。
勝にとっては、「友情」と言うものは、それだけの脆さと緊張感を兼ね備えている、危ういモノに感じられた。
岩崎らと小西の間になにがあったかは知る由もないし、大して興味もなかった。
ただ勝は、法の執行者として、成すべき事を成す為に、その瞬間を見逃すまいと岩崎たちの動向に集中するのみであった。
気分はさながら、張り込み中の刑事のようだった。
昼休み、岩崎たちは小西と一緒に教室を出た。
勝もそれに続いて教室を出ると、購買にたどり着いた。
購買にはパンやジュース、お菓子が売られており、昼休みには決まって行列ができる。
岩崎たちが行列に従って最後尾に着くと、勝は何人か生徒を挟んで列に混じった。
普段は購買なんて利用しないし、一人きりで列に並ぶのは小っ恥ずかしくてソワソワしたが、現場を抑える為だ、仕方がない。
先日の小西の暴露によれば、今日も岩崎たちは小西に購買を奢らせるつもりだろう。
処罰するには。その現場を確認する必要があった。
列は順調に進んで行き、岩崎達の番になった。
「じゃあ俺はこれとこれで」
「あのジュース一本」
「これうまそう、食っことないからこれで」
岩崎たちの声はよく聞き取れた。
やはり、全額小西の財布から支払われている。
行列に並んだ成果を得たので、勝は列を抜けて教室に戻ってノートを取り出すと、「甲に義務のない行為を強制させること。」を適用し、各人に★二つずつを付け足した。
岩崎:★★★★★★
田代:★★★★★★★
大岩:★★★★★
久しぶりに★が増えたことで、思わず満足げな表情をしてしまったが、勝はハッと我に帰る。
仮にあれが立て替えであって、岩崎たちが代金を返還したならば、それは罪ではなくなってしまう。
法律によれば、書かれた★は減らすことができない。
冤罪とは司法のタブーである。
勝は、★を描く時の愉悦を味わいたいがために、つい焦ってしまった。
たが、それは勝の杞憂に終わった。
一足遅れて教室に戻った岩崎たちの行動を注意深く観察したが、もちろん代金の返還はせず、悪びれる様子もなく、小西に買わせたパンをガツガツと喰らい始めた。
勝は、岩崎たちの相変わらずの強欲っぷりに、内心安心した。
さて、岩崎と田代の★が6つ溜まった。
罰金刑を処さなければならない。
財布を持ってきていない、ということはないだろうから、そこから所持金を拝借して、コンビニの募金箱にでも入れてやろう。
あんな奴らだが、お金の価値は平等である。
社会奉仕に使われるのであれば、お金たちも本望であろう。
勝は一人で頷くと、執行のための計画を練ることにした。
前回の教科書のように、体育の時間を利用するのが最も成功確率が高いだろうが、今日はあいにく体育がない。
そこで目をつけたのが掃除時間だった。
掃除時間は、班ごとに割り振られた掃除場所の掃除を行うが、勝の班は、五人で教室掃除を任されていた。
勝はいつも、机を拭く係を担当していた。
他の内訳はゴミ捨て、ホウキがけ、床拭き二名であり、ゴミ捨て係は屋外のゴミ捨て場まで行くので、教室にいるのは四人だけである。
また、他の三人についても熱心に掃除をするタイプではなく、かなりの頻度で他の掃除場所の人間とだべっているのを見かける。
その隙をつけば、処罰は可能だと考えた。
そしてやってきた掃除時間、女子生徒がゴミ袋を重そうに抱えてゴミ捨て場に向かい、ホウキ持った男子生徒がホウキで床を撫でるようにゴミを集め、雑巾掛けの2人が大雑把に床を拭く。
教室前方に詰めてあった教室を後方に移動させると、同じことを繰り返す。
掃除という名の作業を終え、机を定位置に戻す作業に取り掛かる。
これもかなり雑で、列の乱れなど御構い無しに、とにかく机が並んでいればいいんだろうと言わんばかりに、悪い意味でテキパキと作業をこなす男子生徒たち。
男子生徒たちの雑さのおかげで、掃除時間終了までまだ時間がある。
案の定、男子生徒たちは廊下掃除の面々と話に行ったため、勝は、満を辞して行動を開始した。
勝は雑巾を持って、床の拭き残しを掃除する仕草を数回繰り返すと、田代の席の隣で同じように身を屈めた。
そして、ゆっくりとカバンを開くと、チェーン付きの、分厚い財布を発見した。
勝は慎重に取り出すと、1000円札を引き抜いて元あった通りにカバンに差し込むと、チャックを閉じた。
勝は引き続き、床のゴミを拾ったり、拭いたりする仕草を見せつけながら岩崎のカバンに近づくと田代と同じ要領で事を起こした。
岩崎の財布からも1000円札を頂戴した。
勝は緊張から解き放たれて大きく息を吐くと、掃除道具を片付け、掃除時間を終えた。
岩崎と田代は、財布からお金が抜かれたことに気づくことなく、放課後を迎えた。
勝は荷物をまとめて下校すると、コンビニに立ち寄って自分の財布に入れておいた岩崎たちの2000円を募金箱に突っ込んだ。
さっきまで岩崎たちに触れられ、汚れていた1000円札達が、募金箱に入ったことにより、輝きを取り戻すのを感じた。
勝は陽気にコンビニを出ると、帰宅した。
自室で勝は、ノートを眺めていた。
岩崎:★★★★★★
田代:★★★★★★★
大岩:★★★★★
岩崎たちは罪を重ね続け、着々と★が溜まっている。
特に田代は、次★3に該当する罪を犯せば、死刑に処さなければならない。
勝は身震いした。
正当な行為とはいえ、人の命を奪うとは、どういった感触なのだろうか。
全く想像がつかなかったが、どうしようもない、死んで当然の人間が、死ぬべくして死ぬだけだ。
大した問題ではないだろう。
勝は、執行に備えて準備を進めることを決めた。
法律によれば、死刑の執行は手段を問わないとなっている。
日本の刑法では、死刑は絞首刑により執行されると定められているが、三人分の絞首台を用意して、
「さあ、登ってください」
と言ったところで、何の意味もない。
どう執行するか、勝は悩んだ。
最も避けなければならないのは、執行の失敗である。
真偽は定かではないが、死刑で生き延びればそのまま釈放されることになるという噂を、ネットの情報で見たことがある。
ならば一撃で、確実に執行する方法を模索しなければならない。
まず頭に浮かんだのは、毒殺である。
何かしらの毒物を奴らの弁当に混ぜれば、直接手を下さずに刑を執行できる。
だが、推理小説やドラマみたいに、青酸カリやテトロドトキシンのような、完全な毒物を入手することはできない。
毒性のある植物を摘んでくると言う手も考えたが、住宅地の真ん中にそんな物が生えているとも思えなかった。
結局答えは出ないまま、その日は就寝した。
〜〜
翌日、登校するや否や、久しぶりに岩崎たちに呼び止められた。
「てめえ面貸せ」
岩崎はそれだけ言うと、踵を返して歩き出し、田代と大岩が勝の両腕を抱えてそれに続いた。
連れてこられたのは、あの体育館の倉庫裏だった。
「お前マジで、ついにやっちゃったね。」
「一線超えたな、どうなるかわかっとる?」
岩崎と田代が凄む。
額に血管が浮き出るほど激昂している二人を前に、勝は全てを察した。
しかし、しらを切り倒した。
「ど、どうしたの急に」
突然、岩崎が勝の腹部に強烈な蹴りをかました。
勝は「うぐっ!」と声を漏らしてうずくまった。
「もうわかっとるんよ、こっちは、昨日何したか言ってみ?」
「違うクラスのやつが見てたんだよ。
金抜くとこ」
勝は、不意に食らった強烈な蹴りにより呼吸が乱れ、悶えることしかできなかった。
「お前泥棒やで?犯罪者にはこっちも容赦せんでな」
そういうと岩崎、田代、大岩は、痛みでミミズのように体をくねらせる勝を取り囲むと、一斉に蹴り、殴り、投げ飛ばした。
勝は、人形のように攻撃を受け続けることしかできなかった。
勝は、久しく感じなかった恐怖心に支配されて、逃げようと試みるも服を掴まれ、軽々振り回されて転倒した。
「早く謝れや!犯罪者がよ!」
田代は倒れこむ勝を踏みつけながら叫ぶ
謝るわけがない、なぜ謝る。
一向に口を開かない勝をひとしきり痛ぶると、大岩があることに気づいた。
「こいつ財布持っとるやん」
勝のズボンの左ポケットには財布が入っていた。
大岩がそれを引き抜いて中身を確認すると、中には、3千円が収められていた。
「当たり前やけど、これもらってくでな」
大岩は、財布から金を引き抜くと空の財布を勝の顔面目掛けて叩きつけた。
「最近構ってやってないから構って欲しかったんやろ?これからもいっぱい構ったるから、安心せいや」
「このこと黙っといたるから、盗んだ分、また金持ってこいよ」
吐き捨てると三人は金を山分けしながら去っていった。
全身が痛む、殴られた頬は熱く脈打ち、全身の擦り傷が服との摩擦でさらに傷んだ。
鼻と唇からの出血、あざもある。
勝は怒りに燃えていた。
法の執行者は冷静でなくてはならない。
だが今回ばかりはそうもいかない。
正しい行いをしている者が、なぜ虐げられ、痛めつけられるのか、理不尽に対して憤り、両拳を血が滲むほど握りしめた。
怒り、痛み、悔しさ、様々な感情が螺旋状に混ざり合い、決壊したダムのように溢れ出した。
最も怒るべきことは、犯罪者であるあのクズどもが、法の執行者たる自分を犯罪者呼ばわりしたことである。
どの分際でものを言っているのか、これは、法に対する冒涜であり侮辱である。
感情の激流の中で、誰が言ったかは覚えていないが、ある言葉を思い出した。
『犯罪者には容赦せんで』
たまには正しいことを言うじゃないか。
そもそも立場が違う。
犯罪者はお前たちだろ。
僕は違う。
法そのものだ。
勝は、地面に転がっていた自分のリュックサックを掴むと全力疾走で正門を抜け、学校から走り去った。
向かったのは自宅。
自室に戻るとリュックサックから手を離して荒い息を整えるように深呼吸した。
いいだろう。
全員死刑だ。
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岩崎:★★★★★★☆☆☆☆☆
田代:★★★★★★★☆☆☆☆☆
大岩:★★★★★☆☆☆☆☆
適用罰条
・甲を傷害すること
・甲の所有物品を窃取すること
第7条適用
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