第5話 改正
「お前、教科書盗ったやろ。」
登校して早々、勝は岩崎たちによって、男子トイレの隅に追いやられていた。
「俺ら三人とも教科書なくなっとるんやけど。」
岩崎が凄み、勝を睨みつける。
「し、知らない。
僕じゃない…」
勝は視線を逸らして言う。
無論、勝に罪悪感も無ければ反省もない。
なぜならば、これは法を犯したものに下される当然の結果であり、勝はそれを忠実に執行したまでなのだから。
不思議と、今まで感じてきた岩崎らへの恐怖心や忌避感も感じなかった。
「いや、お前しか考えられんわ。
なんや、今までの仕返しのつもりか?」
「今まで友達おらんお前のために、かまってやってたのにな。」
それまで話半分程度に聞いていた勝の脳が、針が突き抜けたように覚醒した。
なるほど、コイツらは自分が思っていた以上に傲慢なようだ。
確かに勝には、友人と呼べる存在はいない。
しかし、勝に不便も不満もないし、ましてや「かまってやっていた」など、恩着せがましいにも程がある。
どこまでも、自己中心的な奴らだな、と勝は思う。
勝が思う「正しい人間」とは、常に他人を尊重して、社会秩序からはみ出さず、例えば、街中でゴミ拾いのボランティアをしている老人を見ると、ホッと心が暖まって、自身の身の振り方を振り返る、そんな人間である。
だが目の前の奴らと言えば、他人のプライベートに肩で風を切りながらズカズカと上がり込み、前方から歩いて来る人々が、自分達に道を譲ることを当然だと信じているような、傲慢で、自信過剰も甚だしい奴等である。
反吐が出る。
唯一ましなことは、この自称人間共が、まだ高校生だと言うことだ。
このような下劣な存在が社会に出たところで、どれだけの役に立ち、価値を生み出すことができようか。
むしろ、どれだけの不幸を作り、苦しむ人々を生み出すのだろうか。
勝は目を覆いたくなった。
『やっぱり僕がやらないと』
勝には、使命感が芽生えていた。
どうにかして、このクズを極めた者たちを、裁かなければならないと。
「テメェ話聞いてんのか?」
話は聞いていなかったが、岩崎が勝の襟首を掴み、個室トイレのドアに叩きつけたことによって、勝の思考は現実に引き戻された。
★★
「お前口硬いね
今白状したら、優しめで許してあげるよ」
田代が言う。
「は、は、白状?
何を?」
いつもでは考えられない強気な勝の口調に、岩崎は舌打ちをした。
これを聞くや否や、大岩が踵を返して掃除用具入れのドアを開けると、ガサゴソと何かに取り掛かった。
「あーあ、最後のチャンスあげたのになー」
田代は勝をトイレの個室に押し込むと、全体重でもって、中に閉じ込めた。
「準備できたー?」
「いつでもー」
ドアの向こうで何かやりとりしているのが聞こえる。
ついこの間までの勝であれば、「開けて!出して!」などと叫びながらドアを必死に叩いていただろう。
だが今は不思議と冷静だった。
おおかた、用具入れの中に取り付けられた水道にホースを繋ぎ、水を撒くつもりなのだろう。
勝は自分が置かれた状況を分析すると、頭に浮かんだことは、一つだけだった。
『これは、★何個だ?』
その途端、勝の頭上から大量の水が浴びせられた。
ホースから放出された水の束は、勝の頭部に命中すると、弾けて全身を水浸しにした。
髪を伝って顔面を覆う水の膜ができて呼吸が苦しくなり、濡れた制服が体にまとわりついた。
「やば!俺にもかかってるって!」
「きゃははははは!」
「わりぃー調節むずいわー」
木のドアを一枚挟んだ外から品のない会話が聞こえる。
どこまでも下劣な奴らだな、と勝は心の中で笑っていた。
今の勝は自分でも不思議なほどに冷静だった。
やはり、守護神がいるおかげだろうか。
それとも、使命感に燃えているからだろうか。
はたまた、法の名の下に罪人を裁くことに、楽しみを見出しているのだろうか。
理由はどうあれ、何の反応も示さないドアの向こう側が気になったのか、田代が放水を止めるように指示すると、ドアが開けられた。
「元気ないんじゃない?
いつもみたいにさー
た、た、たすけてよー、や、やめてよー、て言えよ」
★★★
「声出ないくらい怖がらせちゃった?
ごめんねー?」
岩崎は、迷子の女の子をあやすような穏やかな口調で言い放つと、勝の顔を見るために前屈みになった。
「なにこいつ、きもっ」
岩崎はややギョッとしたような顔になり後退りした。
「こいつつまらんわ、マジしらける。
帰ろうぜ」
と、大岩。
「他の男子騒いでたから、先公来るかもよ」
田代も続く。
そう言うと三人は、水浸しの床を踏み鳴らしながら、男子トイレを後にした。
勝は、まだ三人が罪を重ねると思っていたので拍子抜けしたが、去って行く三人の背中を見送った
「なんかあいつ今日反応薄かったな。
やりがい無いわー」
「あいつ雑魚のくせに、今日は強気だったよな笑」
「あのさぁ、もうこう言うこと、あいつじゃない奴にやらん?」
「なんで?
カモやん」
「いやあいつさー、キモかったんだよねマジで」
「それいつものことだろーがよ笑」
「なんかずっと-
笑ってたんよね」
「なんやそれ、ドMなんじゃね?笑
むしろやってあげないと笑」
「いや、次から違う奴や、あいつなんか嫌やわ。
次の獲物見付けとくで」
三人の会話など届かない男子トイレの中で勝は、放り出されたままのホースを小さく巻いて、用具入れに納めた。
その日の間、三人が勝に絡んでくることはなかった。
今朝の一件で、勝がなんの反応も示さなかったことで、飽きられたのか、と思った。
おかげで、一日中ジャージで過ごすと言う辱めを受けただけで済んだ。
奴らからの攻撃がないと言うことは、喜ぶべきことであった。
だがしかし、勝の胸にはなぜか物足りなさがあった。
この物足りなさの正体を、勝は確信した。
罪人を処罰することは、自分の生き甲斐なんだ。と
これにより、朝の攻撃中にも冷静でいれたことが納得できた。
『これは僕にしかできないんだ。
僕がやらないと。
あいつらを裁けるのは僕だけなんだ』
勝の胸に一本の柱が打ち立てられた。
『これは使命だ。』
勝は引き出しからノートを取り出すと、今朝のことを思い出す。
岩崎:★★★★
田代:★★★★★
大岩:★★★
ひとまず★を追加した。
岩崎によってドアに打ち付けられた行為は、暴行だろう。
田代はどもりをバカにしてきやがった。
問題は、田代が勝を個室に閉じ込めた行為と、大岩が水を浴びせてきた行為についてだ。
まず田代の行為は、刑法で言うところの「監禁罪」に該当するのではないか、と考えた。
しかし、自己防衛法には、それに準ずる規定がない。
押し込む行為をとらえて暴行と言うべきか…
勝は悩んだが、この行為については不問とした。
勝は法という存在を崇拝し、それは常に厳格であるべき、と言う一貫した思想を持っていた。
しかし、いかんせん知識不足であった。
罪人を裁くにあたり、曖昧な理由では許されない。
勝は、自身の思想に従ったのだ。
続いて放水については、悩みどころだった。
制服を濡らされたとはいえ、あくまで水であり、乾けばまた問題なく使える。
損壊には当たらないだろう。
よってこれも不問だ。
勝は爪の甘さを後悔した。
これは早急な課題である。
一刻も早く法を改正し、より網目の細かい規定を定めるべきである。
勝は自宅に戻ると、すぐさま作業に取り掛かった。
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自己防衛法(改)
第一条 目的
この法律は、佐藤勝(以下甲と言う)の日常生活 の安全を保護し、この法律で定める禁止行為に対する処罰を円滑に実行することを目的とする。
第二条 刑罰
第一項
刑罰は没収、罰金及び死刑とする。
第二項
★2つに達した者は、没収の刑に処する。
★6つに達した者は、罰金の刑に処する。
★10個に達した者は、死刑に処する。
第三条 禁止行為
第一項 ★1つに該当する禁止行為
①甲の所有物品を損壊すること。
②甲の所有物品の使用を著しく困難にすること。
③甲の名誉を毀損すること。
④甲に関する虚偽の情報を流布すること。
⑤甲を畏怖させること。
第二項 ★2つに該当する禁止行為
①甲に対して暴行を加えること。
②甲の所有物品を窃取すること。
③甲を欺き、所有物品を騙し取ること。
④甲の親族の名誉を毀損すること。
⑤甲の親族に関する虚偽の情報を流布すること。
⑥甲に義務のない行為を強制させること。
⑦甲を脅迫すること。
⑧甲を監禁または逮捕すること。
第三項 ★3つに該当する禁止行為
①甲を傷害すること。
②甲の所有物品を強取すること。
③甲の所有物品を脅し盗ること。
④甲の生命に対する危険を生じさせること。
⑤甲の吃音を侮辱すること。
第四条 減刑の禁止
付された星の数は、減少しない。
第五条 未遂犯について
この法律において、未遂犯は、一つ減した星の数を付する。
第六条 処罰の方法
第一項 没収
没収は、当該人物の所有物品一つを没収し、破棄することで執行する。
第二項 罰金
罰金は、当該人物の所持金を甲が取得することで執行する。
第三項 死刑
死刑は、執行方法を問わない。
死刑の執行については、甲の任意による。
第七条
共犯について
禁止行為の現場に居合わせた者は正犯とみなし、着手しなかったものについても、全員に規定の★を付する。
第八条
改正について
この法律は甲の意思に基づき、何時でも改正することができる。
改正法は、甲がノートに条文を書き終えた瞬間から施行される。
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