第44話 帰りたい場所


 右手のなかには受け取ったカギ。


 そして右の手首には見慣れぬ黒い腕輪があった。


 カギを受け取ったとき、レヴァンがもう片方の手で素早く僕に装着させたものだ。


「なっ……!?」


 僕は腕輪を外そうと試みるが、外すことができない。


「くくく、あはははははははっ! 俺のアーティファクトが1つだけだとでも思ったか? その腕輪は着用者の魔法を阻害し使えなくする物だ! しかもさっきの指輪と違って限界なんてない! アーティファクトのなかでも特に貴重なものだがくれてやる。わかるか、お前の魔法は完全に封じられたんだぜ!」


「だましたな! こんなことまでして、それがオマエの言う強さか!?」


「はっ、俺はカギを渡すと言っただけだ、カギはちゃんと本物だぜ。それにな、戦いというのは最後に立ってたやつが、強者であり勝者なんだよ!」


 コイツを一瞬でも信じたのが間違いだった!


「だったら倒れるといい! ウインドストーム!」


 両手を突き出し魔法を発動すると、手元に大きな風の渦が生まれた。


 しかし放った瞬間、風は先端からかき消えてしまう。


「ならばこっちだ、ウインドストーム・ランス!」


 今度は腕輪のない左手に力を集中し、前に出した。


 風は槍の形を成すが、それもまた放つと同時に消え去っていく。


 くっ……やっぱりこの腕輪が着いてるかぎり、魔法は使えないのか。


「ははははは、無駄だ無駄だ、もうお前に勝ち目なんてねえよ! 早く命乞いしないと、死ぬことになるぜ?」


 気づけばレヴァンは後ろに下がり、先ほど捨てた剣を拾い直してまた歩いてきていた。


 僕はショートソードをあわてて引き抜き、構える。


 模擬線で何度も打ち負かされた相手だ、剣で勝てるはずがない。だけどそれでも立ち向かわなければ。


「それがお前の答えか、だったら喰らいやがれ!」


 近づいたレヴァンが、落胆と怒りをにじませたような表情で剣を振り下ろしてきた。


 僕は気負いで強張こわばる身体をなんとか動かし、剣で受け止めて防ぐ。


 だが、たがいの剣がぶつかり合うと、僕のショートソードはレヴァンの剣撃に耐えきれず砕け散り。


 なおも止まらぬ刃が、僕の体を深く斬りつけた。


「えっ……?」


 すぐには状況を理解できず、僕はその場に倒れ込んだ。


 倒れてる場合じゃない……みんなを助けないといけないのに……。


 激しい痛みと血が流れ出る感覚を、うまく動かせない身体で感じていた。


「ふん、弱いやつは剣も簡単に折れやがる」


 地面に横たわる僕の耳に、レヴァンの声が届く。


 倒れたまま前を見ようとするが、目がかすむしまぶたも重い。


 痛みが、だんだん鈍くなって。


 僕の視界は、闇に包まれた。




 ◇◇◇




 気づけば、辺り一面真っ暗な場所にいた。


 闇がどこまでも広がっているけど、不思議と怖くはない。


 進む必要がある気がして、吸い込まれるように暗闇を歩き出す。


 ここはどこだろう? なにか大切なことがあった気はするけど、なんだったかな。思い出せない。


 しばらくすると、暗闇のなかに1人の人影が立っているのが見えた。


 暗くて顔は見えないけど、その人が誰なのか僕にははっきりわかった。


「じいちゃん!」


「おお、エミルかい」


 やっぱりそうだ、僕を拾って育ててくれたじいちゃんだ。


「じいちゃん! じいちゃん! 僕ね、じいちゃんがいなくてさみしかったけど、もしまた会えたら褒めてもらえるように、ちゃんといい子にしてたよ」


 すぐに駆け寄り抱きついた。


 これまでの想いがせきを切るように、言葉と涙となってあふれてくる。


「よく頑張ったのう。もう大丈夫じゃよ。これからは共にゆっくり、過ごすとしよう」


 なつかしくて優しい声とともに、僕の頭にじいちゃんの手が乗せられる。


 僕は温もりと心地よさを感じながらひとしきり涙を流すと、顔をぬぐった。


 そしてじいちゃんに手を引かれて歩き出す、この暗闇の先へ進むために。



 ああ、嬉しいな。



 じいちゃんがそばにいる、これから一緒に過ごせる。



 こんなにも温かい気持ちでいっぱいで――



 僕がずっと心の奥で望んでたことのはずなのに――



 どうして僕の心は、ざわめいてるんだろ?








『エミルくん!』



 遠くから、声が聞こえた。



『エミル!』



 僕の名前が、聞こえた。



『エミル……』



 みんなの想いが、聞こえた。



 気づけば僕は、じいちゃんの手をそっと放した。


 まだはっきりとは思い出せないけど、みんなへの想いは胸の奥からこみ上げてきたから。


 前を歩いてたじいちゃんが振り返る。


「どうしたんじゃ、エミル?」


 暗くて顔は見えないけど、急に手が離れて心配してるのかもしれない。


「じいちゃん。僕は急いでみんなのもとに行かなきゃ……ううん、みんなのもとに行きたいんだ」


 血の繋がりもないのに、親のように長いこと育ててくれたのに。


 離ればなれを選ぶ僕を、じいちゃんはどう思うだろうか。


 怒られても仕方ないけど、悲しませてしまってたらいやだな。


「だから……ごめん。今までありがとう、さよなら」


 それでも僕は、みんなのもとへ帰りたい。


 黙ったままのじいちゃんに背を向ける、その先には一筋の小さな光が暗闇に差し込んでいた。


 僕は走り出す、光の方へ。


 振り返らず走りつづけていると、光がだんだん大きくなっていき。


「幸せに、生きるんじゃよ」


 全身が光に包まれたところで、後ろから声が聞こえた……気がした。




 ◇◇◇




 目を開けると、身体には硬い地面の感触があった。


 内容は思い出せないし短い時間だったけど、どうやら夢でも見ていたみたい。


 きっと、幸せな夢だったんだと思う。


 斬られたことで身体中が痛みを訴えながらも。


 心のなかは、温かさと喪失感が入り混じっていたから。


 でも、痛みを感じるより、想いを馳せるより、するべきことがある。


 だから僕は立ちあがり、声をあげた。


「おい、レヴァン。僕はまだ戦えるぞ!」


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