第36話 冷笑の空の下(レヴァン視点


◆レヴァンside


 俺がレスティアの街に着いて7日が経ったか。


 住んでたあのクソ村を出たことに未練はないが、金がないのは問題だ。


 一時的にでも働き口を得ようと、グラッグとジュリアを連れて貴族の家に来ていた。


「残念ながら他を当たっていただきたい」


 見てくれだけは立派な家の前にて、老いぼれた執事らしき男がそう告げる。


「なっ、おい!? 剣術の指南役を探してるんだろ!? 俺は強いのになんでダメなんだよ!」


「悪い噂を耳にしましたもので。なんでも、他人ひとの家を燃やして村を追われた者たちが、この町で仕事を探していると。ちょうどあなた様方のような見た目だとか。わかりましたら、お引き取りを」


 抗議する俺に対して、老いぼれはさげすむかのような冷たい目で言い放ちやがった。


「くっ……! そうかよ、こんなとここっちから願い下げだ!」


 せっかくのチャンスを不意にしたこの家を心のなかであざ笑いながら、俺はきびすを返した。





「クソが! どいつもこいつも俺より弱いくせにナメた真似しやがって!」


 人気ひとけのない路地裏にやってきた俺は、足元に落ちていたボロいおけを蹴っ飛ばす。


 蹴った桶は勢いよく飛んでいくと、壁にぶつかり砕け散った。


 ここ数日、指南や護衛の仕事を求めて行った先々で、先ほどのように断られ続けている。


 ただ断られただけじゃねえ、村でのことをなぜか知られて、だ。


 おかしい。いくらなんでもこの短期間に噂がこんなに広まるとは思えねえ。


「な、なあ、もう何件目だ? なんで行くとこ行くとこ全部、村でのこと知られてるんだよ? 俺たちがやったの知ってる村の誰かから伝わってるとかか?」


 グラッグが動揺した様子で思ったことを口に出している。


 あいつの足りない脳でも現状のおかしさは感じてるようだ。


「さすがに知られ過ぎてる。もっと明確に俺たちの話を広めてるやつがいるんだ」


「私らのことを? いったい誰がそんなことしてるっていうのよ?」


 俺の説明に疑問をていしたジュリアは、疲れ切ってるようにみえた。


 ここ数日、行く先々で無駄足を踏まされてるのだから無理もない。


「あっ? このことをわざわざ広めるやつなんて決まってんだろ、エミルだ! 他にいるか!? あいつしかいねえだろ! 俺が村を追い出されたのも俺が今こうして困ってるのも、全部あいつのせいだ! 絶対許さねえ!」


「そ、そうだったのか。たしかに言われてみれば、そんな気がしてきたぜ」


 グラッグがようやく理解したようだ。


「まあエミルのこともあるがそれより今はまず金だな。もう手持ちもほとんど残ってねえし」


 金が尽きそうなのをどうしたものか。


 村を出たときは多少持っていたんだが、街に来てから今日までに使ってしまった。


「じゃあさ、冒険者になるとかどうよ? レヴァンむちゃ強いし、私やグラッグだってけっこうやれるんだからね」


「おっ、それいいな。なあレヴァン、そうしようぜ」


 名案とでも言いたげなジュリアに、グラッグも乗り気なようだ。


 ったく、こいつらの考えにはあきれるほかねえ。


「あのなあ、冒険者なんて安い金で命張らされるような仕事だぞ。危険があるの自体はいいが、それならどっか仕えた方がマシだろ。だいたいオレは冒険者が嫌いだ」


「レヴァンの言い分はわかるけどよ、金がないのは困りもんだぜ。腹が減ったら頭が回らねえよ」


「ねえレヴァン。一時的にでもいいから冒険者登録しようよー。レヴァンがいてくれたらどんな敵もこわくないし、アタシたちもきっと役立つからさあ。ね?」


 お前は満腹でも頭回ってねえだろとか、お前は約立つと言いつつ俺のおこぼれが欲しいだけだろとか。


 こいつらに言いたいことはあるが、しかし金をなんとかしなければいけないのは事実か。


 なんで俺がこんなことになってんだ。


 ふと見上げると青空が広がっている。


 雲一つ無い空が俺をあざ笑っているような気がして、不愉快だった。


 いらだち混じりによそを向くと、グラッグとジュリアが視界に入る。


 どっちも不安げな表情をしやがって。


「はあ……わかった。しょうがねえな」


 俺は仕方なく、冒険者になるのを承諾することにした。


 もちろん、金のためだ。


「おおーっ! レヴァン、よろしく頼むぜ!」


「ほんと? やたー!」


 喜ぶ2人の姿は能天気そのものだ、見ていて笑えてくるな。


 別に俺1人でも構わないんだが、こいつらでも多少はなにかに利用できるだろう。


「気は乗らねえが、冒険者ギルドに行くぞ」


 こうして俺は冒険者ギルドへ向かって歩き出す。


 この先で待っているものを、このときの俺はまだ知らなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る