第35話 賢者の来訪③


「魔法の比べ合い?」


「それぞれ本気の魔法を撃ちあい、ぶつけるのさ。もともと魔法も見せてもらうつもりだったけどね、あんな才を見せられたら、挑戦したくなるじゃないか」


 僕が聞くとアレリアは答えた。


 よほど楽しみなのか、声に熱がこもっている気がする。


「本気の魔法って、危険だと思うよ」


 できるなら協力したい。


 でも本気で魔法となると、アレリアになにかあったら困るしとまどっちゃうな。


「ああ。気をつけないと危ないとは思う。だから場所は変えるし、相手に当たらないよう魔法の方向もきちんと制御するさ。キミなら魔法の制御も楽勝でしょ」


「方向を変えたりくらいならできるけど」


「充分! これも調査の一環と思って、頼むよ、ね?」


「う、うん。じゃあわかったよ」


 押し切られるような形だけど、相手に当てるわけじゃないもんね。


 剣について学ばせてもらい、僕もなにか力になりたかったし。


 それに僕もやってみたい気持ちがないといえば、嘘になるから。





 僕とアレリアは歩いて、街はずれの平原までやってきた。


「ここならいいかな。たがいに本気の魔法を1発ずつ放つとしようか」


 アレリアの言葉に僕はうなずき立ち止まる。


 魔法を撃ちあうのに充分な距離を空けるため、アレリアは歩きつづけた。


「やる前にボクが持つ称号、賢者について説明するから聞いてほしい」


 遠ざかるアレリアが僕の目にも小さく映るころ、彼女はこちらを振り向いた。


「賢者というのはね、優れた魔法の使い手に贈られる称号なんだ。ボクにはその自負があり、ボクを越える魔法使いをこれまで見たことなかった、そう今日まではね。さっきのエアライドで直感したよ、キミはボクをはるかに超える魔力を持っている」


 距離はあるけど真剣な表情で語っているのがわかり、僕は固唾を呑んで見守る。


「だけどね、魔力だけで決まるのが魔法じゃあないよ。普通の人が1の魔力で1の結果を出すのを、ボクなら何倍にもすることができる。挑むつもりではいるけど負けるつもりはないから、キミも全力で応えてほしいな」


「わかった。僕の全力をぶつけるよ」


「いい返事だね、それでこそ挑みがいがあるというものさ」


 アレリアは笑みを見せると、右手を空に向けた。


「それじゃあいくよ。ダズリードーンドラゴン!」


 彼女の挙げた手の先に、白く輝く光が集まりだす。


 光は形を変え、やがて大きなドラゴンの姿となった。


 光のドラゴンだ! ドラゴンといえばおとぎ話に登場する伝説上の生き物だよね。


 さすがにあれは形だけで生きてるわけじゃないみたいだけど、かっこいいな。


 っていけないいけない、僕も魔法を使わなきゃ。


「ウインドストーム!」


 突き出した両手の先に風が発生し、それを放たずとどめた。


 アレリアは挙げていた手をおろす。


 すると白く輝くドラゴンがこちらに向けて飛び始めた。


 できればじっくり眺めていたいところだけど、そういうわけにもいかない。


 こっちも対抗して、手元に留めていた風の渦を放った。


 風の渦と光のドラゴンが、一直線に距離を縮めて。


 2つの魔法がぶつかり、閃光が広がった。


 僕は魔法を制御し、軌道を上空へ曲げる。


 光のドラゴンはかき消え、風の渦は空へと昇っていった。


 その光景を見て、アレリアが崩れ落ちるようにひざをつく。


 魔法は当たってないはずだけど、どうしたんだろ?


「アレリア、大丈夫!?」


 僕はあわてて彼女のもとへ駆け寄り、起きあがりやすいように手を差し出した。


「ああ、すまない。改めて驚かされたよ。キミの才能が優れているのは分かってたつもりだったが、まさかこれ程とはね。まるで勝負にならなかった、完敗だ。ボクもまだまだだな」


 アレリアは最初こそ残念そうだったが、次第に晴れやかな表情に変わり、僕の手を取って立ち上がった。


「しかしそれだけすごい魔力だと、周囲への魔力影響もかなり期待できそうだね」


「魔力影響?」


 なんだろう、聞きなれない単語だ。


「魔力というのは周囲に影響を及ぼすんだ。例えばだけど魔法を覚えるには、その魔法を使われるのが早いというのは知ってるかい?」


「うん。それなら聞いたことあるよ」


 以前に魔法を教えてもらうとき、リフィが言ってた覚えがある。


「あれも影響の一種さ。ただ使われた魔法だけでなく、強い魔力の持ち主はなにもしなくとも影響を及ぼすんだ。それによって周囲にいる人の魔力や身体能力が向上しやすくなる、一時的なパワーアップでなく、恒久的こうきゅうてきにね」


「それってつまり、僕の周りの人は強くなれるってこと?」


「ざっくり言うとそうさ。まあ普通の人の魔力では影響なんて出ないし、ボクでも年単位でわずかな影響を与える程度だけどね。ただ他に類を見ない圧倒的な魔力を持つキミなら、もしかしたらとんでもない魔力影響を与えるかもしれないな。まったくとんでもない逸材だ、ボクとともに一緒に活動してほしいくらいだよ」


「気持ちは嬉しいけど、僕には仲間がいるから」


「わかってる、無粋ぶすいはしないよ。ただもしなにかあったらそのときはボクのもとに来なよ。キミを待ってるからさ、いつでもおいで」


 アレリアが笑いながら言い終わったところで。


「エミルくーん」


 遠くから僕を呼ぶ声が聞こえて、そちらを振り向く。


 さっきの声の主であるイーリスと、それにリフィとセレナも。


 少し離れたところに3人がいた。


 そういえば急なことで、言わずに出てきてたっけ。


 もしかしたらみんなに心配かけちゃったかな、つぎから気をつけなきゃ。


 そう思いながら、ふと顔を横に向ける。


 となりにいたアレリアは、目を見開くようにしてみんなの方をじっと見ていた。


「どうかしたの?」


 その様子がなんだか気になって、僕は尋ねる。


「ああ、いや……彼女たちがキミのお仲間なのかな。とても可愛い女性ばかりで驚いたよ。っと、ボクはそろそろ行かなくては。今日はありがとう、この辺で失礼するよ」


 アレリアは言うが早いか、みんなとは反対の方へ歩みだした。


 そんなに時間がないって最初に言ってたし、急いでるのかな。


「こちらこそありがとうね」


 去っていく後ろ姿にお礼を言って、見送った。


 アレリアと入れ違いに、3人が駆けよってくる。


「エミル、ここにいたんだね」


「いなくて、探したよ」


 そう言ったリフィとセレナは心配そうな表情をしていた。


 やっぱりちゃんと伝えておくべきだったな。


「ごめんごめん、急なことだったから伝え忘れてたよ」


「無事に見つかって安心しました。先ほど一緒にいらしたあの方はどなたでしょうか?」


「それについては帰ってから説明するね」


 ほほえむイーリスにそう答え、僕たちは家路いえじについた。




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