第33話 賢者の来訪①


 翌日。庭に出た僕は木剣を手に、1人で素振りをしていた。


 もっと強くなりたい、みんなを守れるように。


「やっ、精が出るね。キミがエミルかい?」


 不意に後ろから声をかけられ、素振りをやめて振り向く。


 そこには見知らぬ女性が笑いながら立っていた。


 緑色の長い髪を後ろで1つにまとめた、背の高い人。


 年は20歳前後だろうか。中性的でカッコいい顔立ちをしており、胸があるからかろうじて女性とわかったくらいだ。


「そうだけど、あなたは?」


「ボクはアレリア。賢者アレリアといえば、聞いたことあるんじゃないかな」


 彼女は自信満々な様子で名乗ったものの、聞いたことはなかった。


 とはいえそれはきっと僕が原因だ。


 街に来る前はずっとテセロムの村で暮らしてて、村の外の人をほとんど知らないから。


 答えに詰まる僕を見て、アレリアは少し驚いた顔をする。

 

「まさか知らないの? 賢者の称号を授かったこのボクを?」


「あははー……えっと、ごめんね」


 申し訳ないけど知らないものは知らない。僕は笑ってごまかした。


「そうか、いや知られてないのはボクの力不足によるものさ。キミが謝ることじゃない」


 アレリアは少し肩を落としたが、すぐ背筋を伸ばし、当然のようにそう言った。


「それでアレリアは、僕になにか用?」


「先日キミは魔族を退しりぞけたそうだね。それについてこのボクが調べてくるよう、王からめいを受けてやってきたんだ」


 これが指令書だよと、アレリアから紙を見せられる。


 立派な紙に、たしかにそう書かれていた。


「この国の王様から頼まれてきたの? 僕が知ってることはギルドで報告したよ」


「ギルドの報告はすでに聞いている。ただ直接会って話したかったのと、キミの力を確かめてみたくもあってね」


「僕の力を? できるなら協力したいけど、どうしたらいいんだろ?」


「そうだね、じゃあこうしようか。アーセナルアース!」


 アレリアが右手を前にかかげると、地面から小さな土の粒がいくつも浮かび上がり、右手の先に集まっていく。


 浮かび上がる土の粒が合わさって、ひと握りほどのかたまりになったところで形が変わり、剣を成した。


 見た目は剣のように固めた土そのものだが、ただの土の塊ではない雰囲気がある。


 それを握り、アレリアは口を開いた。


「この土の剣はキミのと同じくらいの長さと強度にしたよ。ボクはこれで、キミは木剣で。話でもしながらまずは魔法抜きの模擬戦をしたいな。ボクもそんなに時間がないからね、同時に済ませよう」


 たしかにその土の剣は、木剣と同じ長さに見える。


 そして模擬戦か。


 魔法ありならさすがにためらったけど、なしという話だし。


 僕にとってもいい経験になるかもしれない。


「うん、いいよ。ひさびさに誰かとする模擬戦だもん、こちらからお願いしたいくらい。あっ、でも僕は剣が得意じゃなくてスライムにも苦戦するし、剣だと期待に応えられないかもしれないけど……」


「魔法がキミの本領なのも聞いているし、そのままの実力を見せてくれたら充分だよ。ただスライムに苦戦するとは、謙遜けんそんが過ぎるんじゃないかな」


 アレリアは謙遜と笑ってるものの、事実なんだけどなあ。


 こうして剣で模擬戦するのは、村で暮らしてたとき以来か。


 今まで1度も勝てたことはないけど、それでも模擬戦は嫌いじゃない。


 誰かに相手をしてもらえるのは嬉しいな。


 はやる気持ちをおさえながら、僕は木剣を構える。


「話しながらやるけど、気にせず好きに打ち込んでほしい」


 アレリアも土の剣を構えた。


「わかった。それじゃあ、行かせてもらうよ」


 僕はうなずいてから踏み込み、木剣を振るう。


「キミは魔族と戦ったというが、それは本当かい?」


 アレリアの身体近くまできた木剣は、土の剣をそえられ軽々と受け止められた。


「魔族だって言ってたし、そうだと思うよ」


 彼女が話している間も、僕は何度も攻撃を試みた。


 そのすべてに対してアレリアは、自身の身体近くでそっと防いでいる。


 アレリアからも、たまに土の剣を振るわれた。


 無駄のない流れるような剣筋だ。


 僕はそのたびに必死で木剣を当てて、いなした。


「キミが倒した魔族、殺されてたんだって。それも間違いないかな?」


「あとで戻ったときにはもう。僕が他の方法を取れてたら……」


「ああ、死んでたこと自体は別に問題じゃないよ。ただそいつを殺した者がいるなら、それは気をつけなければならないかもね」


 さらに攻防は続くが、お互い当たらなかった。


 ただそれは五分というわけじゃない。


 アレリアはこちらの力量に合わせて戦っているように思える。


「そもそもだけど、魔族ってなんなの?」


 僕は魔族についてなにも知らない。


 この前、依頼の顛末てんまつをギルドに報告したんだけど、魔族が関係していたことで、ギルマスのバルフェルが直接の対応をしてくれた。


 いわく、魔族の存在は人々に秘匿しておきたいとのこと。


 バルフェルの立場でも勝手に話すわけにはいかないらしい。


 関わった僕には後日、聞き取りがある。


 だから魔族について知りたければそのとき聞くように言われてた。


「魔族についてか。たしかにキミは知っておいた方がいいだろうね。ただその前に、ちょっといいかな?」


 アレリアが動きをとめたので、僕も木剣をおろす。


 いったいなんだろう?


 様子をうかがってると、彼女は口を開いた。


「キミの剣には大きな欠点がある。もしくは成長の見込みとも言えるかな。その欠点を克服すれば、今より強くなれるはずだよ」



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