第32話 食卓囲み、お風呂で囲まれ


 日が沈み、僕たち4人は食卓を囲んで夕食をとっている。


 食卓の上には肉や野菜、スープ、あとはデザートに果物のパイまで。


 どれもイーリスが作ってくれたものだ。


 僕はスープを頂いていると。


「野菜だー……」


 リフィが野菜の乗ったお皿を前に、困ったようにつぶやく。


「エルフは野菜を好むって聞いたけど、リフィは苦手なの?」


 リフィはエルフなのに野菜を食べたがらない。


 以前から少し気になってたので、この機会に聞いてみた。


「だって甘い物やお肉の方がおいしいし、それに私の好みに種族は関係ないもん!」


「私も、そう思う」


 両手を挙げて抗議するリフィに、ゆっくり静かに食べていたセレナが口を開く。


 セレナは昔から野菜の方が好きだったはずだけど。


 後半部分の『好みに種族は関係ない』に同意したのかな。


 たしかに狼の獣人であるセレナが野菜を好きなのは珍しい気がするし。


「できればいろいろ食べた方が身体のためになると思いますから。無理せず食べられる範囲でいいので、少しでも食べてみましょうね」


 イーリスが優しくさとすと、リフィは「はーい……」と肩を落として野菜を食べ始める。


 こうなったら全部食べるだろう。


 というよりそうでなくてもしぶしぶ食べてたとは思う。


 野菜を嫌がったりはするものの、リフィが残してるところは見たことないから。


 残さないのはイーリスやセレナ、それに僕も同じだけど。


 僕に関してはこの家で食べる料理はどれもおいしくて、それでだったりする。


 なかでも今日の料理は、特においしいな。


 そう思いながら肉や野菜も食べていたら。


「エミル、そのパイ食べないの?」


 自分の分を食べ終えたリフィが、手つかずの僕のパイを見ながら聞いてきた。


 その目はまるで獲物を狙うかのように輝いている。


 欲しいのかな。気持ちに応えてあげたくはあるけど。

 

 でもこれをあげるわけにはいかない。


 だって僕も、甘い物は大好きだから。


「こ、これはおいしそうで最後にとっておいたのだから……」


 僕はパイが乗ったお皿を手にし、それをリフィから遠ざける。


 リフィは少し残念そうにしてるけど、僕にだってゆずれない物があるから仕方ない。


「リフィ。私の、食べる?」


「わっ、いいの!?」


 セレナが自分の分のパイを、お皿ごと渡そうとしたら。


「あらあら。パイならまだありますから、大丈夫ですよ」


 追加を取りに行くイーリスを見送りつつ、僕は安心してパイを一口食べる。


 やっぱり今日の料理は、いつも以上においしい気がした。





 夕食を終えてお腹もいっぱいになった僕は、1人でお風呂に入っていた。


 うーん、お湯が気持ちいいな。


 リフィの生活魔法によって出されたお湯に浸かり、リラックスしている。


 改めて見ても、綺麗で大きなお風呂だ。


 そういえばリフィとイーリスが出会ったのは、僕たちより少し前だったかな。


 それより前のイーリスは、この家で家族と暮らしていたと聞いたけど。


 けっこう大きなお風呂なのに、お湯が出る魔道具は見当たらない。


 どこかに仕舞ってあるか、または家族に生活魔法を使える人がいたのかな?


 まだ見たことない部屋があるから、もしかしたらそこにあったりするのだろうか。


 そんなことを考えてると。


「エミル、一緒に入ろう!」


 不意にお風呂の入り口あたりから声が聞こえて、とっさに振り向く。


 そこにはさっきの声のぬしであるリフィ、それにイーリスとセレナも。


 みんながお風呂場へ入ってきていた。裸で。堂々と。


「どどど、どうしてみんな裸なの!?」


 僕はあわてて顔を背ける。


「お風呂、入るから?」


 なんで当たり前のことを? とでも不思議に思ってそうなセレナの声が聞こえてきた。


 いやお風呂だから僕も裸だしそうだけど! そうじゃなくて!


「僕が入ってるのになんでみんなも!?」


「エミルが悩んで元気なさそうだからね、にぎやかな方が元気出るかと思って!」


「悩んでない! もう元気になったから!」


 昼間ひざまくらされながら話を聞いてもらい、気持ちは楽になってる。


 元気づけようとしてくれるのは嬉しいけど、もう充分だし。


 それになによりお風呂場でなんて。


 いろいろとタイミングが悪い!


「元気なの? それならせっかくだから、みんなで入ろうよ」


「なんで結局入ろうとするの!?」


「もう服脱いじゃったもん。それに私たち一緒に住んでて家族みたいなものだし、家族ならみんなで入るものでしょ」


 えっ、初耳だけど、そうなのかな?


 じいちゃんの家だとお風呂がなくて、川で洗うか身体を拭くだけだったし。


 たしかにじいちゃんが元気だったころは、よく一緒に身体を洗ったりした。


 ただそうだとしても、みんなと入るのは恥ずかしい気がしてしまう。


「あのう、もしお嫌でしたらやめておきましょうか?」


 頬を熱くしながら考えてると、イーリスが困ったような声で聞いてきた。


「い、嫌ってわけじゃないけど……」


「それなら良かった。じゃあみんなで入りましょうね」


「わーい!」


 イーリスが言い終わると、リフィの元気な返事が響いた。


 そしてお湯をかける音がしはじめる。


 3人とも身体を洗い始めたのかな。


 こうなったら仕方ない、せめてみんなの姿は見ないように気をつけておこう。


 そう思い目をつむるのと同じころ、洗い終わったのかみんなも湯船に入ってきた。


 僕の前に1人、左右に2人。


 どうやら僕はお湯のなかで、みんなに囲まれているらしい。


 距離もだいぶ近いようだ。


 わずかにだけど肌と肌が触れたりするし、息づかいもすぐそばに感じる。


 1人では大きいお風呂だけど、4人だとさすがに窮屈きゅうくつか。


 僕はそう思いつつ、両足を抱えながら身を縮こませていたら。


「イーリスの胸、おっきいね」


 正面からリフィの声。


「リフィも、大きいよ」


 セレナは僕の右側。


「あらあら。セレナちゃんだって大きいですし、綺麗な形をしていますよ」


 左からはイーリスの声も。


 僕がいるのに、みんな胸の話をしている。


 大きいのは普段から知ってるけど……って、意識しちゃダメダメ。


 僕はさらに顔を熱くし、つむっていた目にますます力を入れる。


「エミルは肌が綺麗だよね」


「ひゃあっ!」


 突然のことに変な声が出ちゃった。


 どうやらリフィが、両足の前に回していた僕の腕をさわったみたい。


「まるで女の子みたいに柔らかいですね」


「ほんとだ、すべすべ」


 続くようにイーリスとセレナも左右の腕をさわってきた。


 目を閉じた僕の肌に、みんなのふれる感触が伝わってくる。


 僕は身体がビクッと震えてしまった。


 手でふれられているだけならまだしも。


 みんな身体を寄せてさわるから、大きくて柔らかいものまであたっている。


 むにむにした感触に、僕の頭はもう限界だった。


「そ、その……ふ、ふれて……」


 胸がふれてることを伝えようとするも、言葉がうまく出ない。


「ふれて? エミルもふれたいのかな、さわっていいよ!」


 前方のリフィから、ざばっとお湯が跳ねる音がした。


 お湯から出た? それにさわっていいって……?


 ええええええっ!?


 すぐに否定しなきゃ!


「いや胸さわったりはいいから!」


 僕はあわてて必死に断る。


 あわててたので、つむっていた目をつい開けてしまいながら。


 目の前には、お湯につかりながら片腕だけこちらに出してるリフィの姿。


 ……片腕?


「あ、ああ、ああああっ……」


 さわっていいと言ってたのは胸じゃない、腕のことだったんだ。


 それを理解するとともに、勘違いしてた事実に恥ずかしさがあふれてきた。


「胸? 胸の方をさわりたかったの?」


 リフィがきょとんとしながら聞いてくる。


ちがっ、そういうつもりじゃ……うわーん!」


 僕は恥ずかしさのあまり、湯船から立ち上がるとお風呂場から逃げ出した。




 僕が出てから少しして、お風呂あがりのセレナに「胸、さわりたいの? さわる?」と聞かれたので、「さわらないから!」と否定した。


 普段通りの表情に見えたけど、からかわれているのかな……。


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