第31話 ひざの上の安らぎ
失踪した人たちを助け出した翌日、僕たちはレスティアの街へ帰ってきた。
それからさらに1日が経ち、お世話になってるイーリスの家に今はいる。
分担で受け持った掃除をついさっき終え、リビングで1人、窓のそばに立って外を見ていた。
窓から見える庭になにかあるわけじゃない、ただなんとなく眺めてる。
空は晴れてるけど、外に出ようと思える気分じゃなかった。
「あら、エミルくん。ちょうどよかった」
部屋の入り口の方から声が聞こえた。
「……ああ、イーリス。どうかしたの?」
部屋にやってきたイーリスに呼びかけられ、少し遅れて返事をする。
「お話をしたいので、よろしければこちらで一緒に話しませんか?」
彼女はそう言って、長いソファーの
「話ってなに?」
断る理由もないし、僕もソファーへ近付き、となりに座る。
「そこではなくて、こっち。ここ、ここですよ」
イーリスはほほえんで 太ももの辺りを手でポンポンと軽く叩いてる。
どういうことだろう?
僕が小首を傾げて考えてると。
「ひざまくらです。エミルくんは頭を私のおひざに置いて、横になってください」
ひざまくら自体は知ってるけど、なんで今そういうことを?
「えっ、話があるんじゃなかったの?」
「はい。だからひざまくらをしながら、お話しましょうね」
「このまま座って話すのでもいいんじゃないかな?」
ひざまくらをしてくれるというけど、されるのはなんだか気恥ずかしいように感じてしまう。
「座りながらでもお話はできますし、
イーリスはこちらを見ながらゆっくりと語りかけてきた。
自分がひざまくらをしたいかのように言ってるけど、彼女のことだ。おそらくは僕を気づかってくれてるんだろう。
この前の依頼を終えてから、僕自身ぼんやりしてる自覚はあった。きっと心配させてしまったのだと思う。
それが申し訳なくて、これ以上気をつかわせないようにせめてもの思いで提案を受けることにした。
「えーっと、じゃあ、お願いしようかな」
「はい!」
嬉しそうな返事を聞きつつ、ソファーに横になる。
僕の頭はイーリスのひざの上へ。
頭の後ろに柔らかな感触が広がり、ほんのりといい香りもする。後ろだけでなく前も、頭をのせた視界の先には、大きな胸がすぐそばで存在を主張していた。
落ちつかない、やっぱりやめとこうかな。
そんな思いが頭をかすめるも、一度お願いした手前、すぐやめるとも言いづらい。
僕は少し熱くなった顔を横向きに動かし、イーリスがいない方へと向きを変えた。
僕の頭になにかが触れる。どうやら手で優しくなでられてるみたい。
ちょっと恥ずかしいけど、でも心地良いな。
「なにかあったのですか?」
イーリスは僕の髪をゆっくりなでながら、柔らかい声で聞いてくる。
「なにかって、なんのこと?」
ばくぜんとした質問に、僕は聞き返す。
「エミルくんが悩んでいると、セレナちゃんから相談を受けました。実際にエミルくん、帰ってきてから、少し様子が変だなと感じていましたから。話してくれたセレナちゃんも、それを聞いていたリフィちゃんも、そして私も、みんな心配しています。もしよろしければ、お話していただけませんか?」
セレナが相談してたのか。イーリスやリフィ相手とはいえ、正直あまり知られたくなかった。
こうしている間もイーリスは僕の頭を優しくなで続けてくれている。
知られたのは複雑な気持ちだけど、セレナはきっと僕のことで悩んだのだろう。
イーリスにも気をつかわせてしまってるし、リフィも気にしてるかもしれない。
……心配かけてばかりな自分が嫌になる。
「大きな依頼を終えて気が抜けてたかな。気持ちを切り替えてしっかりするから」
みんなに心配かけないように元気を出さなきゃ。
これまでずっと1人で平気だったのに、どうしてだろう。
今は一緒に住まわせてもらって、一時的だとしてもみんながいるんだから。
まえよりも恵まれているんだから。
さみしいなんて、思わないようにしなきゃ。
「痛かったりは、しないでしょうか?」
痛み? ひざまくらや頭をなでられているのに対して、じゃないよね。
そうなると依頼のときの話かな。
「このまえの依頼のことなら、傷は負ってないし平気だよ」
これは本当だ。危ない場面はあったけど、ゴーレムからもシャダックからも攻撃はまったく受けてない。
「目に見える傷だけでなく、心に痛みを感じることもあると思うのです。見えない痛みがもしありましたら、話してくださいね」
優しくなでる手と、言葉が、僕の胸の奥をそっと揺らした。
話したいという気持ち。甘えてはいけないという気持ち。
どちらも選びきれず、ただぎゅっと目をつむる。
「あなたの力に、なりたいんです」
目を閉じると、イーリスの手のあたたかさが、よりはっきりわかって。
僕は言葉を、こらえきれなくなってしまった。
「……家族」
一言、本音がもれる。
言おうと思ってなかった想いが出てしまったことに自分でも驚き、つむっていた目を見開いた。
イーリスは変わらずゆっくりと、僕の頭をなで続けている。
「助かった人たちとその家族を見てたらね、いいなって。僕にはもう、いないから……」
あたたかさに後押しされるように、言葉が止まらなかった。
「私はエミルくんたちのことを、家族のように思っていますよ。一緒に暮らしていますしリフィちゃんもセレナちゃんも、きっと同じ気持ちだと思います」
そうなのかな。
たしかに今は、そう思ってくれているかもしれない。
「だけどもうお金も余裕ができたし、いつまでも迷惑かけるわけにはいかないよ」
依頼の報酬や魔石の売却分がかなりの額になっていた。
みんなで4等分してるとはいえ、ひと月くらい外で暮らしても困らないほどに。
「迷惑だなんてそんな、たくさんもらっていますし、そもそもそういったことに関係なく、私があなたにいてほしいのです。それにエミルくんがもう少し成長したらですけど、正式に家族になる方法もありますから、私でよければいつでも一緒になりますよ。きゃっ。言っちゃいました」
頭をなでてくれる手が、優しさはそのままにやけに速くなる。
正式にというと、養子か
それらに一定以上の年齢が必要とは聞いたことないけど。
いやそれより、成長したあとじゃなく今のことを話さなければ。
「たくさんもらってるって、受け取ってくれてるの、食材費分のお金くらいでしょ」
住ませてもらってるからお金を渡そうとしたら、最初は全部断られたっけ。
そんなわけにはと食い下がり、それならとようやく受け取ってもらえたのが、僕が食べる分の食材にかかる程度のお金だ。
正直なところ、家を使わせてもらってるのを考えたら、全然足りてない。
いてほしいと言われても、ほとんどもらってばかりの状況でいていいものか……。
「それだけじゃないですよ。こうして一緒にいてくれることが嬉しいんです。エミルくんもリフィちゃんもセレナちゃんも。みんなからもっと大切なものを、私はもらっていますから」
ああ、そっか。大切に思ってくれてたんだ。
よくわかる。僕も同じ気持ちだから。
むしろ、ずっとわかってた。
イーリスだけじゃない。リフィやセレナも。
僕が大切に思うように、僕を大切に思ってくれてることを。
ただそれが本当かこわくて、どこかで信じきれなかったんだ。
自分の思いを、信じればよかっただけなのに。
「僕もだよ」
それを認めたら、心が軽くなった気がした。
今はもう、さみしいと感じてない。
ひざまくらをしてもらい、ゆっくり優しくなでられながら。
ぬくもりのなかで、僕は静かに目を閉じた。
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