第29話 ただいま


 戦いが終わり、僕は牢屋の前にいる。


 牢屋のなかには全部で9人の女性。


 ゴーレムに追われてた女の子と合わせたら、いなくなった人たちと同じ数だ。


「もう大丈夫だよ、安心して」


 僕は牢屋の鍵をひとつずつ開けていく。


「私たち、助かったの?」


「あなたのおかげで家に帰れるのね」


「また自由になれるなんて、本当に感謝してるわ。ありがとう!」


 女性たちは最初こそ戸惑ってたけど、助かったと分かり今は喜んでいる。


 そんななか、一番小さい女の子が不安そうな表情で聞いてきた。


「あの、お姉ちゃんのこと、知らない?」


 お姉ちゃんというと、途中で保護したあの子のことかな。


 妹がつかまってると言ってたし、おそらくそうだろう。


「ああ、それなら僕の仲間と一緒にいるよ。これから会いに行こうか」





 僕は助けた人たちを連れて、洞くつの道を戻っている。


 風の槍を受けたシャダックは気絶しており、このまま連れて行くわけにもいかず、身動きが取れないようにしてさっきの牢屋に入れておいた。


 アイツに関してはあとでまた来て、しかるべきところへ連れて行こう。


 今はそれより帰り道に気をつけなきゃ。


 モンスターはほとんど倒したと思うけど、生き残りがいないか警戒し静かに進む。


 さいわいなことにモンスターと会うことなく、目的の場所までやってきた。


 赤い扉だ! みんなと別れた部屋にたどり着いた。


「ここに仲間がいるはずなんだ。それにキミのお姉ちゃんもね。なかに入るから、ついてきて」


 彼女たちに小声で伝え、赤い扉をゆっくりと開く。


 おそるおそる扉の先を見てみると、そこには誰もいなかった。


 それが信じられずに、部屋のなかへ歩いていく。


「そんな……ここにいないなんて、それじゃあみんなは――!?」


 僕の言葉をさえぎるように、パタンとなにか開く音がする。


 音のした方を見てみると開かれたタンスの扉が少し揺れ、なかにはイーリス、リフィ、セレナ、そして保護した子の4人が入っていた。


「いたんだ、安心したよ。もしかしてずっとそこに隠れてたの?」


 みんなが無事だとわかり、ホッと胸を撫で下ろしながら問いかける。


「いえ、先ほどセレナちゃんがなにか来ると教えてくれましたので、念のために急いで隠れたんですよ」


「誰か、わからなかったから」


 順々にタンスから出つつ、イーリスが説明してくれると、それに対してセレナは少し残念そうに答えた。


 助かった人たちが来たとわからずに隠れたのを残念がってるのかな、気にするようなことじゃないと思うけど。 


 いつものみんながそこにいて、いつのまにか僕は笑みがこぼれていた。


「ただいま」 


「無事に戻ってきてくれて安心しました。おケガはしていませんか」


「1人で助けてきちゃうなんて、エミルはやっぱりすごいな」


「うん、おかえり」


 みんなから返事をもらっていると、となりで声がする。


「お姉ちゃん!」


「良かった、無事だったのね……!」


 小さな手が姉に伸び、姉も泣きそうな笑顔を見せながら妹をぎゅっと抱きしめた。


 姉妹の再会を見て、胸の奥がじんと熱くなるな。


 他の人たちも無事をかみしめるかのように、安心した顔を見せている。


 ちょうどいいしここで少し休んでから出発かな。そう考えていると。


「ねえ、エミル。つかまってた人ってこれで全員なの?」


 リフィから服をクイクイと軽く引っ張られ、小声でたずねられた。


「うん、全員連れてきたよ。いなくなった人の数ともピッタリ合ってるけど、なにか気になったりする?」


 あのとき牢屋にいた人を連れてきて、今は全員この部屋に入ってる。これで全部なのは間違いなかった。


「……んーん、なんでもない。それじゃあ、あとはみんなを村に帰してあげなきゃだね」


 リフィは僕の言葉を聞くと、少し考えてから笑って答える。


 たしかにここで安心せず、この人たちを無事に村まで送り届けなければ。帰り道も気を引き締めていこう。





 洞くつを出て、クエメルン村についたころには日も沈み、辺りは暗くなっていた。


「じゃあ分かれてそれぞれ家に送り届けるってことで大丈夫?」


「はい、暗いとはいえ村のなかですし、平気です」


「私もしっかり届けるから安心してね」


「わかった、まかせて」


 みんなで話し合い、助けた人たちを手分けして送り届けることに。


 そして僕は小さな姉妹を連れて、彼女たちの家までやってきた。


 家の扉が開くと、姉妹の両親は涙を流しながら彼女たちを抱きしめた。


 彼女たちも抱き返しながら、再会を喜んでいる。


 ああ、良かった。本当に良かった。


 そう思って胸が温かなくなるものの、同時にチクリと、心にわずかな痛みを感じる。


「ううっ、会いたかった、会いたかったわ!」


「なんてお礼を言ったらいいか」


 母親は震えた声で涙を流し、父親はこちらを見て感謝を表した。


「いえ、僕たちはするべきことをしただけだから」


 僕は笑ってそう答える。


 そして改めて4人から感謝されつつ見送られながら、その家をあとにした。 


 家まで送り届けたら宿屋に戻ることになっていたが、そうせず僕は1人で暗い夜道を少し歩いて、村のはずれまで足を運んだ。


 なんだか1人で、気持ちの整理をしたかったから。


 頬を撫でる夜風は冷たく、周囲は静かだった。見上げると、星空が広がっている。


 夜空を見ながら、僕はさっきの家族を思い出していた。


 最初に話を聞いたとき、いなくなったたちを両親はとても心配していた。


 再開できたときはすごく喜んでて、心が温まる気持ちだった。


 きっと家族ってそういうものなのかなと思うと、胸が痛んだ。


 ……家族か、いいな。


 助けることができて嬉しいのは本心だ。


 助かったとはいえ、さらわれてた人たちやその家族は、僕なんかよりつらいはず。


 だからこれは気のせい、痛みなんてない、そう思いたいのに。


 それでも僕は、どうしても、さみしいと感じてしまい、胸が痛かった。


 僕の家族。捨てられてた僕を拾ってくれたじいちゃんは、もういないから。


 僕にはもう――


 考えごとをしていたら、不意に後ろから抱きしめられる。


 抱きしめられた感覚で、誰なのかなんとなく分かりはした。


「なんでくっついてくるの?」


「さみしいのかなと、思って」


 後ろから聞こえてきたのは、思った通りセレナの声だった。


「それは……えっと、ありがとう」


 僕は頬が少し熱くなりながらも、小声で答える。


 恥ずかしさはあったけど、セレナのぬくもりが僕の心まで包み込んでくれるかのようで、それ以上なにも言えなくて。


 そんな僕をセレナは静かに、ずっと抱きしめてくれた。


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