第27話 バケモノ


「僕はエミル。冒険者だ!」


 何者かと聞いてきた目の前の男に向け、僕は名乗る。


 モンスターたちをすべて倒して入ったこの部屋も、広い空間だった。


 天井も高く広々とした空間に、狭苦しそうな牢屋の数々が置かれている。


 牢屋は手前側に集まっており、部屋の奥にはかなり空いたスペースがあった。


 囚われてるのは女の人たちばかり、みんな精神的につらそうな様子だ。


 そして牢屋の前では20代くらいの短髪の男が、口をぽかんと開けたままこちらを見ている。


 てっきりこの部屋にもモンスターがいるんじゃないかと思っていたけど、見たところいるのは人間だけか。


 状況から考えて、失踪した人たちと、それに関わる人だろう。


「ハ……ハハハ、さすがの私も驚いたぞ。ここまで辿り着く者がいるとはな、タダモノではあるまい。歓迎しようじゃないか、下等生物よ」


 男は急に背筋を伸ばして、平静な様子で話し出した。


「この人たちは、アンタがさらってこさせたの?」


 僕が聞くと、男はあごに手を当て考える素振そぶりをし、そのあと笑いながら言葉を返してくる。


「ふむ。なにも分からず死ぬのはかわいそうか。よかろう。ここまでこれた褒美だ、教えてやる。私はシャダック。シャダック様と呼ぶことを特別に許可しよう。そしてここの者たちは私が指示してさらってこさせたのだ。そう、我々の悲願のためにな」


 男は堂々とした様子で答えた。


 悪びれるでもなく、どうしてそんなひどい行いをコイツは平然と言えるんだ。


 感情的になってしまいそうな自分がいるけど、分からないことも多いし今は気持ちを抑えて、話を聞こう。


「我々って、他にも仲間が?」


「いんや手下のモンスターはいるが仲間などいない、孤高なのだよ私は。いいかね、仲間ではなく想いを同じくする同志がいるだけだ、悲願を成すのは私。偉業はすべて私1人の手によって成されるものなのである」


 つまりコイツが村の人をさらった首謀者で間違いないようだ。


「なにが悲願だ。人から居場所を奪い閉じ込めて、こんなこと許されると思っているのか!」


「許されるかだと? 弱い下等生物どもこそ、生きる許しを私にうべきなのだよ」


 勝手なことばかり言いやがって……!


「この人たちを解放しろ」


「する必要がどこにある?」


 その言葉を聞き、僕はエアライドを発動して、前方へ跳び出す。


 一瞬のすれ違いざまにシャダックの腕をつかみ、部屋の奥まで引っ張って地面に叩きつけた。


 倒れたシャダックは、なにごともなかったかのように立ち上がる。


 すかさず僕はウインドを発動。発生した突風でシャダックは吹き飛び、壁に激突した。


 許せないとは思うが、痛めつけたいわけじゃない。できればこれで気絶でもしてくれていればいいのだけど。


 そんな僕の願いは叶わず、シャダックは笑みを浮かべて平然と壁から離れる。


「せっかく答えてやっていたのにずいぶん乱暴じゃないか。話はもういいのかね?」


「オマエと分かり合えないことは分かったよ」


「おやおや、強さの差は分からなかったようだな」


 シャダックは言い終わると頭を傾け首を鳴らし、そして急に叫び始めた。


「はああああああああああああ!」


 叫び声と共に目の前の男の姿が変わっていく。


 背中から黒い翼が生え、白目は黒く染まり、両腕には禍々まがまがしい黒い模様が浮かび上がった。


 凄まじいプレッシャーを感じる。今まで出会ったモンスターとは比べ物にならないことが、嫌でも伝わってきた。


「感じているだろう? 人間に化けているときは抑えられていたが本気を出せばこの通り。お前がいくら優秀だったとしてもそれは人という枠のなかでの話。私は違う! 人が及ばぬ肉体! 人が及ばぬ魔力! それが魔族というものである!」


 初めて聞く種族だ。人間じゃなかったのか。


 まるで肌を刺すような緊張感に包まれている。コイツの実力は疑いようがない。


「それだけの力があるのに、どうしてこんなひどいことができるんだ!」


「力があるからこそできるのだよ! 個としては劣るお前たち下等生物も、忌々いまいましいことに数による力で大手を振るっているではないか。だが今に見ていろ、我々魔族の悲願である魔王様の復活が成されれば、力をもって征服しこの世界を支配してやる」


 魔王だって、あのおとぎ話の? そういえばおとぎ話じゃなく実際にあったことなんだっけ。


「だからといってそんなことで人をさらっていいはずがないだろ!」


「そんなことだと? 下等生物が己の尺度で私を測るな! もうお喋りも飽きた。余興としては楽しめたぞ」


 シャダックは右手をこちらへ構えた。


「この姿で戦うのはお前が初めてだ。全力で葬ってやるから光栄に絶望したまえ、下等生物よ」


 この人たちには帰る場所があるんだ。それをはばむコイツには負けられない。


 僕も両手を前へ向ける。


「さらばだ。アブソリュートダークネス」


「ウインドストーム・ランス!」


 シャダックから、黒い光のつぶをまとった、暗く輝く光線が放たれる。


 僕も負けじと荒れ狂う風の渦を、手元で槍の形に収束させて撃ち出した。


 放たれた黒い光を、風の槍が迎えうつ。


 2つの魔法がぶつかり合い、そして黒い光がひときわ大きくなったように見えた。


 シャダックの光線が実際に大きくなったわけじゃない。風の槍に引き裂かれて四方へ広がり消えゆくことで、大きく見えただけだ。


 黒い光線を切り裂き進む風の槍は、そのままシャダックの右腕まで届き、貫いた。


「ぐわあああああっ!? バ、バカな……ありえない! こんなはずが! 私が? この私が!? 魔族であるこの私があっ!? 魔法で! 全力の魔法で! 人間の!? 下等生物の!? ガキに!? 負けたというのかあああっ!?」


 風の槍が消えて周囲に風が広がるなか、シャダックは魔法を受けた腕を押さえて叫んでいる。


 戸惑いの表情をこちらに向けると、さらに吐き捨ててきた。


「この……バケモノめ!」



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