第26話 イカれた絶望(洞くつの奥の男視点


◆洞くつの奥の男side



 私が今いるのは、洞くつの一番奥の部屋。


 眼前に広がるは数多あまたの狭い牢屋。その中には、モンスターたちにさらわせてきた女どもが閉じ込められている。

 

 ニンゲンなんぞ下等生物だが、見た目だけは我々と似ていて悪くない。


 この眺めは愉悦だ、今は少々の苛立ちもあるがね。そう、この下等生物のせいでな。


 私はその牢屋を軽く蹴りつける。


「ひっ……!」


 牢屋が音を立てて揺れ、中にいたガキが小さな悲鳴とともに身をすくめた。


 たしかこいつは幼い姉妹の片割れ、妹の方だったか。


 今感じている苛立ちの原因は、こいつら姉妹に他ならない。


 先ほどと同じようにもう1度、牢屋を蹴りつける。


「いやあぁ……」


 ガキが怯えて身体を震わせる。なかなかいい気味だ。


 だが、それでも私の怒りは収まらなかった。


 こいつら姉妹は、脱走をくわだてたのだ。私から逃げようとは不愉快極まりない。


 そもそもだ、石に魔力を注ぎ続ければいいだけの生活に、なんの不満があるというのだ?


 牢屋に閉じ込められて自由がないことを除けば、なにひとつ不自由ないであろうに。


 下等生物にはそれで充分ではないか。それで満足していればいいのだ。


 なのに逃げたいとは愚かな、だから叶えてやることにしたのである。


 わざと逃げる隙を与えてやったのだ、見せしめのためにな。


 下等生物なんぞ1人減ったところで、我々の悲願に1ミリの狂いも出はしない。


 逃げたガキは、じきに死体となってここに持ち込まれるだろう。


 私の目を盗んで逃げる無意味さと自由を夢見る代償を、残された者どもは思い知るがいい。

 

 そしてボロクズのような死体を前に、自らもそうなると怯えて恐怖しろ。


 他の下等生物どもに、二度と逃げるなどという考えを起こさせぬように。


 ふふ、考えるだけで愉快である。今日は新しく人をさらってくる予定だし、そいつにも見せてやろう。


「お前を見捨てて1人で逃げた姉は、もう死んでいるかもしれないなあ」


 私は牢屋の中を覗き込む。恐怖に歪む表情をじっくり拝んでやろうではないか。


「お姉ちゃんは私を見捨ててない! 助けを呼んでくるって言ってたもん!」


 だが私の予想に反して さっきまで震えていたガキが、必死な顔で叫んだ。


 力や立場をわきまえぬのは無性むしょうに腹が立つな。私は思わずもう1度牢屋を蹴った。


「ひゃっ……!」


 怯えて頭を抱えるガキ。身の程を知りそういう姿を初めから見せていてほしいものである。


「どんな気持ちで逃げたかなど関係ない。この洞くつにはたくさんのゴーレムがいる、下等生物などひとひねりだ。あとで逃げたガキの死体を持ってきてやろう、きっとペチャンコだろうな。いいか、逃げたらどうなるか、お前たちもしっかり見ておくのである」


 私は両手を広げて、全ての牢屋の者たちに告げた。


 他の牢屋の女どもはこのガキよりも年上ばかり。ガキより物分かりはマシだろう、こうすれば逃げる気も起きんというものよ。


 その証拠に私の言葉を聞き、それぞれが諦めや悲しみの表情を浮かべていた。


 ああ、無力な者たちの絶望した顔は、いつ見ても心地良いものであるなあ。


 少々気分が良くなってきた。せっかくだからこのガキにはもう少し私を楽しませてもらおう。


「まあ気がかりはある。どうやら侵入者がいるらしい、誰か助けにきたのかもしれん」


 それを聞いたガキの顔に、わずかながら希望の色が浮かんだ。


「しかしそいつがここへたどり着くことはないのである。まずたくさんのゴーレム。下等生物に突破は不可能。だがもし奇跡的に突破したとしよう。それでも来れん」


 すぐ伝えたくてまくしたててしまう。せっかく怯えさせるのだ、気持ちを抑えてもっとじっくり味わわねば。


 私は自制できる優秀な男。一呼吸置いて落ち着き、続きを語り始める。


「なぜなら先ほど新たなモンスターを部屋の前に配備したからだ。配備したミスリルゴーレムはゴーレムより強力なモンスター。そしてアースマジシャンは攻守に優れる魔法の使い手。暴れるミスリルゴーレムをアースマジシャンがサポートする。個々で勝手に動くゴーレムの群れよりこれはよほど手ごわく、恐ろしいのだよ。それがこの部屋の前を守るということは、どういうことかわかるかね、んー?」


 そう言って私は牢屋をじっくり覗き込んでみる。


 ガキはまだわかってなさそうなので、待望の答えを教えてやることにした。


「つ・ま・り……助けなど来ない! お前の姉は死に、お前は一生ここから出られない!」


「……お姉ちゃんは……ひぐっ……おねっ……えぐっ……」


 こらえきれなくなったのだろう。ガキの目から涙が次々とこぼれ落ちた。


 ああ、下等生物の無力さときたら、愉快。愉快である。


 無論、先ほどの内容に嘘はない。真実だからこそ残酷で心地良いのだ。


「死んだ姉の分まで、せいぜい我々のために精一杯生きたまえ。フハ、フハハハハ――」


 私の気分が最高潮に達しようとしたそのとき、轟音が響き渡った。


 何事なにごとかと振り向けば、部屋への唯一の扉が吹き飛び、砂煙が舞い上がっている。


 よく見たら砂煙の中に1つの影がたたずんでいた。


「ななな、何者だあああ!?」


 少しずつ砂煙が晴れ、姿が明らかになっていく。


 そこにいたのは見知らぬ男のガキだ。


 そいつは向こうの部屋の光を背に、まっすぐこちらを見据みすえて口を開いた。


「僕はエミル。冒険者だ!」



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