第18話 追いかけっこ


 覚えた生活魔法のエアライドを使った練習をしたい。


 そのため相手になってくれるようセレナにお願いする。


 なぜセレナなのかというと獣人で身体能力が高く、僕たちのなかで一番速いから。


 お願いを快く承諾してくれたセレナに対し、今は距離を空けて向かい合っていた。


「せっかくだからルールをちゃんと決めておこう」


 僕はセレナにそう言うと、離れてこっちを見守っているイーリスとリフィの方を見た。


「制限時間はあの砂時計の10分」


 こっちの声を聞いたイーリスが、渡してあった砂時計を見せてくれる。


「砂が落ちきるまでにセレナは僕をタッチして捕まえる。僕は捕まらないように逃げる。手が届かないくらい高く跳ぶのと、戦闘魔法を使うのはしないよ」


 改めてセレナの方を向く。果たしてどれくらい通用するか、わくわくしちゃうな。


「僕のエアライドがどこまでできるか知りたいから、手加減せずやってほしい」


「うん、わかった」


「2人ともがんばれー!」


 元気に応援するリフィの声が届く。


「ちゃんと捕まえてね?」


「もちろん、だよ」


 僕の問いかけに答えるセレナ。その表情からは真剣な雰囲気が伝わってくる。相手にとって不足無しだ。


 僕たちの様子を見て、イーリスが砂時計に手を置き。


「準備はいいですか。それじゃあいきますよ。よーい、スタートです」


 言葉とともに砂時計はひっくり返された。


 開始と同時にセレナが一気に距離をつめてくる。


 速い!? でもこっちだって!


 僕はエアライドを使い、後ろへと地面スレスレを跳んで離れる。


 おおよそ30メートルほど。それだけの距離を、一瞬といえるような速さで跳んだ。


 セレナはさっき僕がいた場所あたりで止まり、それ以上追ってきてはいない。


 始まったばかりだし、まずは様子を見てるのかな?


 それにしてもセレナは速いな、魔法無しなら今のできっと捕まっていた。


 僕のエアライドも負けてはないけど、気をつけたい要素が3つある。


 1つめは、浮遊ができないこと。


 試してわかったけど、勢いよく跳ぶことしかできない。速さが出すぎるせいで浮遊や飛行は現状では無理だった。


 2つめ、一直線にしか跳べないこと。


 曲線を描くよう跳ぶのや、跳んでる途中で方向転換はできず、小回りが利かない。

 

 そして3つめ――


 ここでセレナが素早く距離をつめてきた。


 僕もさっきと同じように、エアライドを使い後ろへ高速で跳ぶ。


 おおよそ30メートルほど。この距離が一番跳びやすい。


「まだ、だよ」


 セレナはそこで足を止めず、さらにこちらへ駆けてきた。


 僕は跳んだ先でそれを見ている。


 セレナが迫ってくるが、エアライドはまだだ。使わないのではなく、使えないでいる。


 すぐそばまで近づかれたところで、ようやくエアライドが使えて後方へ退避した。


 あぶなかった、間に合わないかとちょっとひやひやしちゃったよ。


 これが心配な3つめ。跳んだ直後に、もう1度跳ぶことができない。


 エアライドで跳んでから、次に再使用して跳ぶまで約1秒ほど待たなくてはいけなかった。


 つまり僕のエアライドは、浮遊や飛行を可能にするものではない。


 跳ぶことで一直線にのみ動けて再使用には1秒ほどかかる、高速の移動法だ。


「セレナちゃんも速いですけど、エミルくんはさらに速くて目にもまらないかのようですね」


「エアライドは本来ゆっくり浮く魔法なんだけどね。エミルの魔力があるからあんな速く動けるのであって、他に誰も真似できないだろうしやっぱりエミルはすごいな!」


 見守ってくれているイーリスとリフィの声が聞こえつつ、その後も僕はセレナの猛追をエアライドでかわし続けた。





 僕はまだ捕まらず、追いかけっこは続いていた。


 砂時計をチラッと見る。残った砂の感じからあと1分あるかどうか。


 ここにきてさっきまで追いかけていたセレナが、急に立ち止まる。


 なんだろう? 僕が様子を見ていると、セレナはゆっくり横へ歩き始めた。


 今のうちにさらに後ろへ下がることもできるけど、距離をたくさん引き離すのは、あまり練習にならない気がする。


 戦いに向けた練習なんだから、ある程度の距離からでも対処できなければ。


 そう思って僕はこの追いかけっこの間、一定の距離以上は離れないようにしていた。


 今セレナがなにを考えているのかわからないけど、最後までそうしよう。


 僕はその場にとどまり、気を抜かずに観察する。


 よく見るとセレナはただゆっくりと横に動いているのではなかった。横に動きつつも、弧を描くようにして距離をほんの少しずつ縮めている。


 時間もあとわずかなのに少しずつ近づいてどうするんだろ?


 ひとまずセレナと向き合ったまま、近づかれた分だけ離れておこう。


 僕は向こうに動きを合わせ、斜め後ろへゆっくりとあとずさる。


「ここ」


 少しして突然、セレナが全速力でまっすぐ向かってきた。


 こっちの移動したタイミングが狙い? でも問題ないかな。


 僕はそれまでと同じようにエアライドで真後ろへ跳ぶ。


 終了まであとわずかだ。セレナはさらに追ってくるけど、再使用できるようになったらまたすぐ跳べばいい。


 そう考えながら移動先につくも、予想外のことが待っていた。


「えっ!?」


 移動先で背中に軽くぶつかった、硬い感触。


 僕はあわてて振り返ると、後ろには木があった。


 辺りを見ると後ろだけでなく右にも左にも木。


 さっき洗濯物が引っかかった、密集して三角形に並ぶ木の真ん中にいる。


 移動先が封じられた!?


 さっき歩いていたのは、ここへ誘い込むためか。


 正面からはセレナが迫ってきている。


 追い詰められた。いや、まだ方法はある。


 あれを使えば捕まらずにすむかもしれない。


 だけど――


 セレナが目の前までやってきた。


 追い込むように僕の顔の横に伸びたセレナの片手が、後ろの木に突き立てられる。


「タッチ」


 そう言ってもう片方の手が、僕の肩にふれた。


 砂時計の最後の砂が落ちたのは、そのすぐあとだった。


 捕まっちゃったか、あと少しだったのにくやしいな。


 セレナが上手じょうずだったのはそうだけど、僕自身の反省点もあるか。


 いま思えば動きが単調になってた気がするし、周囲をきちんと見れてもなかった。


 でも仕方ない、大事なのはこれを活かすことだよね。


 活かせればこれもきっと意味のあるものに――


「捕まえた」


 考えごとをしていた僕は、不意にセレナから抱きしめられる。


「って、なんでくっついてくるの!?」


「タッチして、捕まえるって」


「タッチしたらそれで捕まえたことになるから!」


 僕はドキドキしながらも、なんとか離れてもらった。


「二人ともすごかったですよ」


「お疲れさまー!」


 イーリスとリフィも近付いて声をかけてくる。


「ウインド、使わなかったの、なんで?」


 セレナは首をかしげていた。


 使わなかったことに不満があるのではなく、純粋な疑問で聞いているように見える。


「そういえばルールで使わないと言っていたのは戦闘魔法ですよね。生活魔法のウインドでしたら、使用してもよかったのではないでしょうか?」


「たしかに! エミルのウインドなら最後なんとかできたんじゃないかな?」


 イーリスとリフィも聞きたそうだ。


 僕も木に追い詰められたとき、考えはした。ウインドを使えば、捕まらずにすむかもと。でもそうしなかった。


「イーリスにもリフィにも、もちろんセレナにも。仲間に対してそういうふうに魔法は使いたくないなって、そう思ったから」


 使いたくなかったから、僕は笑ってそう答えた。


「それってつまり私たちのこと大事に思ってくれてるんだね、嬉しいな!」


 リフィに左側から抱きつかれて。


「わっ!? く、くっつかなくていいから!」


「あらあら、なんだか私もくっつきたい気分になっちゃいました」


 イーリスには後ろから抱きしめられ。


「イーリスまで!?」


「私も」


「セレナはさっきもしたでしょ!?」


 残った右側から、セレナに抱きつかれた。


 みんなが重なり合ってぎゅっと抱きしめてくるので、恥ずかしくて僕はじたばたしてしまう。


 一方で、こうやってみんなとの日々が続くといいなとも、心のなかで思っていた。




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