第17話 エアライド
ショートソードを買った翌日。
イーリスの家の庭で僕は1人、木剣を振っていた。
そう思い、素振りをしていると。
「きゃっ!?」
向こうから小さな悲鳴があがる。イーリスの声だ!
声がした庭の一角へと、僕は急いで駆け出す。
着いてみるとその場にはイーリスだけじゃなく、リフィやセレナもすでに集まっていた。
「ごめんなさい、洗濯物が飛ばされてしまったの」
困った様子のイーリス。その視線の先には3本の木がある。
前に2本、後ろに1本。密集した3本の木は、三角形を作るように並んでいる。
そのなかの1本の高いところにシーツがひっかかっていた。
今日は僕が洗濯当番ではないけど、せめて回収くらいは手伝いたいな。
しかし飛ばされたシーツはかなりの高さだ、どうしよう。
生活魔法のウインドで風を生み出して飛ばす?
いや、周囲の枝で破れてしまわないか心配だ。
「登って、とってくる」
「ああ、それなら僕が登るよ」
木に向かって歩き出すセレナを、僕は呼び止める。
木登りは得意じゃないけど、できるだけ頑張ってみよう。そう思っていたら。
「私がとるよ、登るよりいい方法があるから任せて!」
リフィが元気に手を挙げ、木に近づく。
なんだろう、どうするのかなと見守ってたら、リフィの足が地面を離れる。
浮かんだ!? ゆっくり少しずつ空へと浮いていくリフィに驚いて、目が離せないでいた。
だんだんと空へ上昇していくリフィを、見上げる僕。
かなり高く浮いたところで、リフィのスカートのなかの白い下着が視界に入る。
それに気づいてすぐ、見ちゃダメだと思いあわてて視線を地面に移し、熱くなる顔をその目ごと両手で覆った。
見てない! 見てないから! 一瞬だったからよくわからなかったし!
そう心のなかで言い訳する僕をよそに、上空からガサゴソと音がして。
「とれたよー!」
リフィの明るい声が聞こえ、少しして地面に降りる気配を感じた。
「リフィちゃん、助かりました。みんなありがとうございますね」
「んーん、どういたしまして」
イーリスに対して、リフィがシーツを渡す音が聞こえる。
「さっきの、魔法?」
「そうだよ。生活魔法でね、エアライドっていうの」
セレナの疑問に、リフィが答えている。
浮いたのは魔法によるものなんだ……ん、まてよ。それを聞いて僕は思いつく。
空を飛べる魔法。これを覚えて、戦闘に活かせないだろうか。
「その魔法、教えてもらえないかな!」
僕は顔を覆っていた手をどけ、いてもたってもいられずリフィに頼んでみた。
「じゃあまずはエアライドについて説明するね」
魔法を教えてほしいという頼みを快く引き受けてくれたリフィ。
「エアライドはこうやってね、自分が
「わっ、実演はありがたいけど見えちゃうから、降りて……」
リフィは実際にエアライドを使ってまた身体を浮かしている。
空中に浮かぶリフィから、僕はつい視線を外してしまう。
「これって生活魔法なのですね」
「そうだよ。さっきみたいに高いところの物をとるために浮いたり、足場の悪い場所を浮かんで越えたりするための魔法だからね」
イーリスの質問に、リフィが答えた。
僕からも気になってることがあるし、聞いてみるとしよう。
「この魔法、戦うときに使ってみたいと思ったんだけど、使えないのかな?」
「うーん、戦いに? エアライドで浮いても速くは動けないし、浮きながらだと他の魔法を使うのも無理だから、普通は戦闘には使えないよ」
話を聞いてみると、思ったより扱いづらそうな魔法だな。
戦闘に活かすのはむずかしい気がしてくる。
「でもエミルなら有効に使えるかもしれないし、まずはやってみよう!」
そんなふうに考えていた僕を見てか、リフィが元気づけてくれた。
たしかに最初から無理と思わず、試してみるのがいいかな。
「うん、やってみたいな。どうすれば覚えられるの?」
「はい!」
はい? 僕がたずねると、リフィはこちらに向けて両手を広げた。
「えーっと、これはどういうことだろう?」
「新しい魔法を覚えるにはね、体験するのが1番なんだよ」
僕は今、空中をゆっくりと飛行している。リフィと向き合って抱きつかれながらだけど。
リフィがエアライドで浮くのを、一緒に体験していた。
抱きつかれることで、おたがいの身体と身体がぎゅっと密着する。
背の低さに似つかわしくない大きなリフィの胸も、僕にあたっていた。
柔らかさが正面から押しつけられるように伝わってきて、僕はドキドキしながら少しでも離れるように身体をそらす。
「動くと落ちちゃうよ。危ないからしっかりつかまってて」
リフィは気にしてないのか楽しそうな様子で、さらにぎゅっとしてきた。
魔法を教えようと僕のためにしてくれてるんだから、真剣にやらなきゃ。
頭ではそう考えるも胸のドキドキはより強くなり、恥ずかしさでいっぱいだった。
しばらくして地面に降りて身体を離し、ようやく解放される。
「これでおわり。どうだろ、できそう?」
リフィの問いかけに僕は、熱くなった顔でこくこくうなずく。
「これでできるといいけど、もしうまくできなかったらまた一緒に浮いてみようね!」
「だ、大丈夫! 必ず成功させるから!」
さっきのをもう一度なんて、心臓が耐えられない。絶対に成功させなければ。
僕は深呼吸を何度もくりかえす。
少し離れたところで、イーリスとセレナも見守ってくれている。
「生活魔法だし、魔法名は口にしなくても、心のなかで思えばできるからね」
リフィの言葉に、落ちつきながら僕はうなずく。
そのまま集中し、心の中で魔法を唱えた。
エアライド!
魔法は発動し、僕は飛んだ。
発動自体は成功したが、ただし思った通りとはいかない。
勢いよく、一直線に、でたらめな方向へと飛んでしまう。
そしてすぐなにかにぶつかり、それごと倒れこんで止まった。
止まりはしたけど、顔がなにかに埋まって真っ暗だ。
この魔法、制御にコツがいるのかな。もう少し練習しなきゃ。
それにしてもぶつかったのに痛くはなく、むしろ柔らかいような?
僕は顔をあげると、目の前には大きなふくらみが2つ。
それが胸であると気づいたのは、倒れてるイーリスと目が合ってからのことだった。
「わっ、ごめんイーリス! 大丈夫!?」
恥ずかしさもあるけど、心配と申し訳なさが上回る。
急いで起きあがろうとするも、僕の身体にイーリスの腕が回されていて、離れることができなかった。
「ええ、私は平気です。エミルくんこそ、おケガはありませんか?」
イーリスはこんな状況でもほほえみながら、優しい声で気づかってくれる。
「僕も平気、おかげで痛みはないよ」
「エミルくんがおケガをするといけませんから、気をつけてくださいね」
回されていた腕が放れたので、僕は起きあがる。
そしてドキドキしながら、「うん」と小さくうなずいた。
周囲に気をつけながら、あれからエアライドを何度も試していた。
試してわかったけど、どうも僕のエアライドは普通と違うらしい。
リフィが言うには僕の魔力が高すぎるからか、異常な出力になっているとのこと。
そのせいで僕がエアライドを使っても、身体を安定させて浮くことができない。
代わりにエアライドで勢いよく跳ぶことが、僕にはできる。
浮くではなく跳ぶであり、飛ぶというより跳ぶに近いイメージかな。
どういうものかわかってみれば制御も問題なかった。
あとは戦いでどこまで通用するか。それを知るために、やってみたいことがある。
そのため僕は、セレナにお願いすることにした。
「セレナ、少し僕と付き合ってくれない?」
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