第15話 ビスケットと昔のお話


 僕はさっき知り合った女性と、街のカフェにきている。


 最初は断ったんだけど、どうしてもお礼がしたいと何度も言われ、断りきれなかった。


 僕たちが座った席の前にある丸いテーブル。


 そこにはたくさんのビスケットがのった1つのお皿と、紅茶が1つずつ。


 大したことしてないのにごちそうしてもらうの、なんだか悪い気がするな。


「私がキミと話したかったのもあるから、気にせず食べてほしいよ」


 その女性は、にこやかに笑っていた。


「そういえば名前まだだったね。僕はエミル、あなたは?」


「私? 私かい? 私はそうだね……シャムニーといったものさ。それよりも、さあ遠慮せずに食べようじゃないか」


「うん。わかったよ、シャムニー」


 僕はお皿からビスケットを1枚つかむと、それを眺める。


 これがそうなんだ。初めて見るけどおいしそうだな。


「ビスケットは初めてなのかい。ここのは絶品だからね、しっかり味わうといいよ」


 シャムニーもビスケットを1枚取って、それを口にした。


 僕も手にした1枚をおそるおそる、でもしっかり味わうように食べる。


 おいしい! こんなにおいしんだ。


「いやあ、気に入ってもらえたならよかった」


 笑顔がこぼれる僕を見ながら、彼女は嬉しそうにしている。


「ところで少年、キミはこの街の住民なのかい?」


 シャムニーが紅茶を手にしつつ聞いてきた。


「今はそうなるかな。前は別の村に住んでたんだけどね」


「ほう。それじゃあどうして、この街に?」


「街に来た理由? 住んでたテセロムの村を出ていく必要があって、それでかな」


 レヴァンたちにファイアボールで家を焼かれたことまでは、さすがに話すべきじゃないよね。


「なんと、そんなことが。それは大変だったね」


「でも今はみんながいてくれるし、憧れだった冒険者にもなったから平気だよ」


 僕はそう言ってお皿からもう1枚ビスケットをもらって食べる。


 シャムニーは紅茶に口をつけつつ、興味深そうに話を聞いていた。


「ねえ、シャムニーはなにをしてる人なの?」


「私かい? 私はそうだね……古いものを調べて探している、といったところだろうか」


「古いもの?」


「アーティファクトを知っているかい?」


 あーてぃふぁくと? なんだろう?


 僕はわからず、首を傾げた。


「珍しい物だし知らなくても無理はない。アーティファクト、古代魔道具ともいうね。いにしえの時代に作られた魔道具のことさ」


「へえ、古代の魔道具なんだ。シャムニーはそれを集めてたりするの?」


「ああ。そんなところだよ」


 アーティファクトかあ、カッコいい響きだな。


 シャムニーはそれを集めてる人なんだ。


 じゃあさっきの黒い箱も、もしかしてアーティファクトだったりするのかな?


「あの箱もそうだよ。大したものではないけれどね」


 シャムニーはさっきからずっとにこやかにしている。


 不思議な感じのする箱だったけど、やっぱりあれもアーティファクトなんだ。


 それにしても聞く前に答えてたし、聞きたい気持ちが僕の顔に出ちゃったのかな。


「オホン。……えー、アーティファクトだけどね、勇者や魔王がいた時代に作られたとされている物なんだ。それもあって、生活に使うような現代の魔道具とは違う、特殊で強力な物が多いのさ」


「勇者や魔王って、おとぎ話の?」


 たしか、剣と魔法に秀でた勇者が、世界を滅ぼす魔王を倒した。


 そういうお話だったかな。


「そのお話だよ。それははるか昔、実際にあったことなんだ」


「えー、作り話だってじいちゃんや周りのみんなも言ってたよ?」


「ほとんどの人はそう思っているからねえ。激しい争いのあった時代だからこそ、古代の魔道具は強力だったりするわけさ」


 本当かな? でも実際にあったと考える方が楽しいかもしれない。


 楽しそうに話す彼女を見てると、そう思えてくるな。


「シャムニーは古いものが好きなんだね」


「……どうだろう、私が求めるものは、そこにはないのかもしれない」


 それまでずっと楽しそうだったシャムニーが、このときはさびしそうに見えた。





 食事を終えて、僕とシャムニーはカフェを出た。


「それでは私はそろそろ帰らなければならないのでね」


「ごちそうになってありがとう」


「いやいや、こちらこそ。喜んでもらえたのならば嬉しいよ」


「おいしかったし、話も楽しかったよ」


 食べ終わるまでにいろんな話ができた。


 なかでも勇者と魔王のことが印象に残っている。


 勇者かあ、本当にいたのかな。


 僕もみんなを守れるよう、勇者みたいに強くなりたい。


 魔法だけじゃなく、剣ももっとできるようになるといいな。


「キミならできるさ、剣も魔法に負けないくらいね。応援してるよ。それではさようなら」


「うん。またどこかで会えるといいね」


 去っていくシャムニーに声をかけ、僕も反対の道を歩き出す。


 今日はいい日だったな……あれ?


 数歩進んだところで、ふと立ち止まる。


「剣や魔法のことを僕、話したっけ?」


 振り返ってみるが、彼女の姿はもう見えなかった。


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