第13話 なんのために ③(女冒険者視点


◆女冒険者side



 私は森を歩きながら、手に持つムーリットの花を袋へとしまっていた。


「うふふ、やった、やった、やってやったわ」


 この花をみせたときの嘘つきボウヤたち、驚いてていい気味だったわね。


 いまごろ依頼がこなせず自分たちの評判が落ちることを困っているはず。


 そもそも嘘なんてつくから悪いのよ。


 デュラハンなんてほんの一握りの冒険者だけがようやく戦いになる相手。


 あんな小さなボウヤが倒せるわけないじゃないの。


 私の相棒だったリリアンと私はBランク冒険者で、けっして弱くはなかった。


 それでもデュラハンにはまるでかなわなかったのよ。


 リリアンは私と違って良い子で、私なんかより生き残るべきはずだったのに……。


 そんなデュラハンをあのボウヤが倒した? しかも一撃で?


 ありえないわ、絶対。


 ギルドに売却したという魔石も、きっとどこかで買ったかなんかしたものよ。


 どうせお金持ちの家に生まれて苦労も知らない恵まれたボウヤなんでしょ。


 お金を使って実力に見合わない評判を得たかっただけに決まってる。


「許せない」


 花の入れ終わった袋を腰につけ、空いた手で私は拳をギリギリと握る。


 デュラハンにやられて命を落としたリリアン、私のリリアン。


 そのデュラハンを簡単に倒したなんて嘘をつくこと。


 それはあの子の死を侮辱ぶじょくしている! けがしている!


 許せなかった、だから邪魔してやる!


 嘘による評判なら、真実のところまで落とされるべきなのよ!


 私がやってみせる! あいつらの嘘を決して野放しにはしない!


 あの子がいなくなって生きる意味を見出みいだせずにいた私は、あいつらの嘘の噂を耳にして、そう決心したわ。


 だって、あの子のためにしてあげられることなんて、私にはもうそのくらいしかないのだから……。


「一応、他のところも見ておこうかしら」


 明るくなりつつあるとはいえ、太陽はまだのぼっていない。


 ムーリットの花はまだ光っている。


 あいつらが万が一にも手に入れて依頼を達成しないよう、森の奥も探しておこう。


 そう思って進もうとしたそのとき、いやな気配を感じた私はとっさに跳びのいた。


 跳びのく身体を、黒い光線がかすめる。


 いたたっ……わき腹に少し貰ったけど、直撃しなくて幸いだったわ。


 私はくらったとこを片手で抑えつつ 光線が飛んできた方へ顔を向ける。


 そこにはローブを身にまとい威圧感を放つ1体のガイコツが立っていた。


「まさかリッチ!? Aランクモンスターがどうしてこんなところにいるのよ!?」


 どうする? 負傷と足場の悪さ、さらに光線。そのまま退くのは難しい。


 ただ相手はAランクだけど、デュラハンのときよりなぜだか怖さは感じないわね。


 ……いいわ、それなら戦いながら活路をみつけるから。


「ダイヤモンドダスト!」


 私は左手で氷の中級魔法を放つと、無数の輝く氷の欠片かけらがリッチを襲う。


 同時に、取りだしたムチを右手で振るい、相手に何度も打ち付けた。


 やったかしら!? 倒せないにしても傷の1つくらいはついたでしょ!


 淡い期待はすぐ打ち砕かれた。


「無傷……ですって!?」


 魔法もムチも直撃したのに、リッチに効いた様子はなかった。


 デュラハンより怖さを感じない? とんでもない間違いだったわ。


 こいつはデュラハン並みか、それ以上の強さね……!


 動揺する私の方へリッチの右手が向けられ、その手の先に魔法陣が浮かぶ。


 少しして魔法陣から黒い光線が放たれた。


 まずい! 私は避けようとするも完全にはかわせず、攻撃を受けて倒れ込んでしまう。


 横たわったまま地面から顔をあげると、リッチが目の前にきていた。


 リッチから手を差し出され。


 その手に魔法陣が浮かび上がる。


 まいったわね。受けた傷はまだしも、この体勢では光線を避けられない。


 あの子が死んでから私の生きる理由なんてわからなくなってたけどさ、こんな形で終わるとはね。


 私は結局、あの子のために、なにもしてあげられなかったな……。


「ウインドストーム・ランス!」


 遠くから、声が聞こえた。


 つぎの瞬間、槍の形をした荒ぶる風がリッチの身体を貫く。


 風の槍が砕けると、そこを中心に周囲へ風が広がる。

 

 リッチは消滅し、魔石だけが残されていた。


 私はなにが起きたか理解できないまま、その光景を見続けている。


 広がる風でたなびく私の髪が落ち着きを取り戻すころ、あのボウヤがやってきた。


「わっ、大丈夫!? 回復できるイーリス呼んでくるからちょっと待ってて」


 ああ、この声はさっき遠くから聞こえたものと同じだ。


 つまりボウヤはリッチを、たった一発の魔法で仕留しとめたということ。


 私は悟った。この子の強さは、常識では測れないほどなのだというのを。


 信じられないような話だけど、ボウヤは最初から嘘なんてついてなかったのね。


「待って。回復はあとでいいわ。それより1つ、聞かせて」


 ボウヤを呼び止めた私は、地面にいつくばったまま話し続ける。


「なんでなの? ひどいことしたのに、そんな私をなんのために助けてくれたの?」


 どうしても聞いてみたかった。


 この子にはきらわれる理由はあっても、助けてもらえる覚えはなかったから。


「困っている人のためにいるのが冒険者でしょ」


 ボウヤはまっすぐにこちらを見ながら答えてくれた。


「困っている人のため?」


 困っていたから、私でも助けたというのかしら。


「まあ昔じいちゃんが言ってたことなんだけどね。じいちゃんの物は全部なくしたけど、想いは僕のなかにあるから。それはなくさないようにしたいんだ。だから実は、僕のためにしてることだよ」


 この子の笑顔が、私にはまぶしかった。


 そういえばあの子、リリアンも困っている人をほっとけない子だったわね。


 想いを、なくさないように、か……。 





「勝手な思い込みで疑い、ジャマをして、あなたたちには悪いことをしたわ。本当にごめんなさい」 


 その場で回復を受けた私は、ボウヤと仲間の女性たちに対して頭を深々と下げた。


 思えばリリアンのかたきを取ってくれたであろう相手に、なんてことをしていたのだろうか。


「気にしてないから、頭をあげてよ」


「つぎになにかあったときは相手のお話も、聞いてあげてくださいね」


「仲良くできるならそれが一番だよね」


「みんなが許すなら、いい」


「それにしてもこの花、本当に僕たちが貰っていいの?」


「ええ、私には必要ないし、困っている人のために役立ててほしいわ」


「そっか、それじゃあ貰うよ。ありがとう」


 私から受け取った花の袋を、ボウヤは大事そうに抱えている。


 ちゃんと話してみてわかったけど、純粋でいい子ね。


 そこの可愛い3人がボウヤのことをほっとかないのも分かる気がするわ。


 私もあの子に会う前だったなら、本気で惚れてたかもしれないわね、ふふ。


「そういえばボウヤの名前はなんていうの?」


「僕? 僕はエミルだよ」


「エミル、ステキな名前ね。私はヴァネッサ。あなたに会えてよかったわ」


 私は右手を差し出した。


 これからはあの子の想いを私が叶えていくのも、いいかもしれないわね。


 あの子やエミルみたいに、私も誰かを助けられるような冒険者として。


 他ならぬ私のために、そうやって生きてみよう。


 私の手にエミルの手が重なり、握手が行われる。


 気づけば夜は明け、朝日が昇っていた。


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