第12話 なんのために②


 夜も更けた時間に、森のなかを慎重に進む。


 この森で探すのは依頼の品、光るムーリットの花。


 リフィが使った生活魔法・ライトのおかげで周囲は明るいが、その先は真っ暗だ。


 足元に気をつけてるのもあるけど、ゆっくり進む理由は他にもあって。


「あの……イーリス。あたってるし、できればちょっと、その、離れてくれない?」


 魔法で明かりがついたことで、森に入るときは平気そうだったイーリスだが。


 しばらく森を進んでいたら、また僕の背中にしがみついてきた。


 イーリスの背は、僕よりかなり高い。


 しがみつかれることで僕の頭は柔らかいものに包まれ、ドキドキしてしまう。


「あっ、ああっ、す、すみません。動きづらいですよね」


 あわてて離れるイーリス。


 動きづらいからではないんだけど、離れてもらえるならそれでいいや。


「光ってるのないねー。これもムーリットの花なのに、ダメなの?」


「同じ花でも光ってるものじゃないと薬にするとき効果が出ないという話だから。光ってるの、そんなに珍しくはないはずなんだけどな」


 光ってないムーリットの花を見ているリフィに、僕が答える。


 目的のものは複数必要なのに、まだ1つもみつかっていない。


 依頼書によると珍しい個体ではないとのこと。こんなにみつけにくいとは思えないけど、見落としてるのかな?


 僕は改めてじっくりと辺りを見まわしてみる。


 ちょっと離れた向こうの場所ではセレナが探してくれていた。


 そして後ろにはイーリスが、こっちにふれずに目をつむって震えている。


 ……震えている?


 そこでやっと気づいた。イーリスの思いを軽視していたことに。


 僕はバカだ。恥ずかしいからと離れるように言って、イーリスをこわがらせてしまった。


 誰にだって苦手なものや、心細いときはあるというのに……。


「あの、ごめん、イーリス。離れてほしいなんてつい言っちゃって。あんまりぎゅっとじゃなければ、しがみついていいから」


 僕はすぐイーリスと向き合い、謝った。


「い、いえそんな。謝らなければいけないのは私の方です。みんながいてくれるしもう大丈夫かなと思い、無理をしてついてきてしまった私が悪いのですから……」


 声をかけられて目を開けたイーリスは、震えながら申し訳なさそうにしている。


 そんな顔をしないで、できれば笑っていてほしい。


「いいよ無理しても。僕でよければ不安じゃなくなるまでそばにいて、腕でも背中でも貸すから」


 だから僕は、まず自分から笑ってみた。


「……! はい。ありがとうございます」


 そうしたらイーリスも笑顔をみせてくれた。


 ただ、笑顔とともに目から涙がこぼれていたような?


 涙が出るほどこわかったんだ、こういうことがないように次は気をつけなきゃ。


 イーリスが「それでは失礼しますね」と、僕の腕にぎゅっとしがみつく。


 しがみついたイーリスはもう震えてない。


 でもやっぱり柔らかいものがあたるので、僕は顔が熱くなってしまう。


 ぎゅっとじゃなければと、言ったんだけどな……。


 向こうではセレナも抱きつきたそうにこっちを見てたので、いまは勘弁してと思いながら僕は首を横に振った。





「ふわあ、どこにもないよぅ……」


 リフィがうとうとしながらつぶやく。


 あれからかなりの時間を探した。


 まだ太陽は見えないけど、真っ暗だった景色が少しだけ明るくなってきていた。


 さっきまでくっついてたイーリスも、今は僕の服をつまむくらいで済んでいる。


 大丈夫かたまに振り向いて様子を見ると、イーリスはもう怖がってる感じはなく、むしろいつもより上機嫌そうな笑顔をしていた。


 よかった。時間の経過とともに周囲の暗さが減ったから、イーリスの不安も軽くなったみたい。


「あ~ら、嘘つきボウヤたちじゃないの。もしかしてこれをお探しかしら?」


 不意に声がしてそっちを見ると、見覚えのある女性が笑いながら立っていた。


 たしかスライム退治を報告したときに、ギルドでからんできた冒険者の人だ。


 その人の手には、ほのかに光っているムーリットの花がいくつもにぎられている。


「はあ……嘘なんてついてないよ。ていうか僕たちがそれ探してると、なんで知ってるの?」


 ため息が出てしまう。してないことをやったと決めつけられるのはつらいな。


「あなたたちが依頼を受けるとき、こっそり話を聞いていたのよ。そもそも依頼、ロクなの残ってなかったでしょ? 簡単なのはあらかじめこの私がぜんぶ、そうぜんぶ受けておいたのだからね。ふふ、どう、こんな依頼しか残ってなくて、くやしいかしら?」


「あなたが依頼をたくさん受けて解決してくれるのは、いいことだと思うよ?」


 困ってる人が助かるなら、誰がするかは関係ないんじゃないかな。


 そう思っていたものの。


「はあ? 解決? するわけないでしょ。あなたたちをジャマしたくて受けた依頼の数々だから、あとはそのまま放置よ」


「放置って、依頼した人はどうするの!? それに依頼の失敗が続いたら、あなたも困るんじゃ……」


「依頼は解決されず、私の冒険者資格はいずれ剥奪はくだつもありえるわね。まあそんなのどうでもいいことよ。あなたたちも依頼を失敗し続ければ同じことになりえるのだから、ふふ、そうなるといいわ」


 この人は受けた依頼を解決する気がないらしい。


 なんでこんなことをするのか、僕には理解できなかった。


「だからこそ先回りして、これを集めさせてもらったの。私にとってはこんな花どうでもいいんだけどね。もうほとんど残ってないでしょうけど、せいぜい無様ぶざまに地べたをいつくばってでも探してみることね。おーっほっほっほっ!」


 高らかな笑い声を響かせながら、彼女は去っていった。


「んもう、いじわる!」


 さっきのやり取りを聞いて眠気が吹き飛んだのか、リフィは頬をふくらませている。


「困りましたね。私たちのジャマをしたいような口ぶりでしたけど、どうしてこんなことをするのでしょう」


 イーリスは僕の服をつまみながら、悲しそうな顔をしていた。


「あの人、きらい」


 セレナはいつもと変わらぬ表情ながらも、よくは思っていないみたい。


「なんのためにあんなことしてるのかはわからないけど、あの花はもともと僕たちの物ってわけじゃないし仕方ないよ」


 依頼としては急ぎのものではなく、まだ期限もあるけれど。


 もし手に入らなかったら、依頼した人たちが困るだろうな。


 そうならないよう、なんとか見つけたいところだ。


「まだ残ってるかもしれないから、それを探してみよう」


 夜中にのみ光る花、残ってたとしてあとどのくらい光り続けているのだろうか。


 だんだん明るくなってくるなかで、もう少し探してみようと僕は決心する。


 あの女性の去った方向を、セレナがもう1度見ていた。


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