第10話 新魔法②


 空からこちらへせまってくる相手を、僕たちは注視する。


 それは一見すると、伝承で聞いたことがあるドラゴンの特徴に似ていた。


 しかしドラゴンにしては小型で、腕と翼が一体の作りになっている。


「Bランクモンスターのワイバーンです、みんな気をつけてください!」


 あれがワイバーンか。


 イーリスの言葉を聞き、すぐさま戦闘態勢に入る。


「ウインドストーム――」


 飛行するワイバーンに向けて両手を伸ばし、魔法を放とうとする。


 しかしそれを察知したのか、放つより早くワイバーンは急降下。


 近づかれたわけじゃない、まだ距離はある。だけど位置がまずい。


 僕から見てセレナのはるか後ろにワイバーンが重なっている。


 この位置で撃ったら巻き込んでしまう。


 魔法で発生した風を両手にとどめたまま、一瞬とまどう。


 ワイバーンはその一瞬を、待ってはくれない。


 地面すれすれを飛んで接近するワイバーン。


 勢いよく突進する相手を、セレナは短剣で受け止める。


「くっ……」


 受け止めたはずのセレナが、苦しそうな声をあげてよろめいた。


 完全には受けきれなかったようだ。


 体勢を崩したセレナに、ワイバーンの追撃が迫る。


「くらえ、ライトニングボルト!」


 リフィの右手から放たれた一筋の稲妻がワイバーンに直撃し、動きを鈍らせた。


 しかしワイバーンは追撃をあきらめず、セレナに向けて翼を叩きつけようとする。


「させません!」


 間一髪、イーリスがセレナの前に割って入る。


 ワイバーンの翼による追撃は、イーリスが手にした槍で受け止めた。


 体勢を立て直したセレナも、イーリスとともに敵の相手をし始める。


 しかし後ろ姿から見ても、セレナはさっき受けた攻撃で苦しそうだ。


 セレナならあの攻撃は本来よけられたはず。


 よけられる攻撃をよけなかった理由は明らかだった。


 後ろにいた僕へ、ワイバーンが行かないようにするため。


 僕が守られてるからこんなことに……。


 僕も前に出たい気持ちになるも、それで状況が好転しないことはわかる。


 みんなが心配ならばこそ、僕は魔法に集中しなければ。


 ウインドストームの大きさだと、この状況では仲間を巻きこんでしまう。


 ワイバーンにだけ当てるなら、リフィが放った稲妻くらい細くなければならない。


 僕は手元にとどめていた風を解除し、新たに生活魔法のウインドを発動させる。


 ウインドによって発生した風をすぐには放たず、手元で収束させていく。


 そして小さく収束した風を、ワイバーンに向けて放った。


 小さく細い風が当たり、相手の身体をゆらす。


 ただそれだけだった、ワイバーンはなんともない。威力不足か。


 もともと加減できるように覚えた魔法だ、これでは何発撃とうが倒せない。


 それじゃあ、これならどうだ。


「ウインドストーム……」


 さっきのウインドとは桁違いの威力をした風の渦が両手の先に発生する。


 これを小さくできればいいんだ、みんなを巻きこまないくらいに。


 生み出した風を手元にとどめながら収束させていく。


 生活魔法のウインドと比べて出力が高い分、収束させるのがむずかしい。


 だんだん小さくなってはいるけど、まだ巻きこまず一点を狙えるほどではない。


 ただ小さくしようとするだけじゃ、ダメなのだろうか……?


 僕は収束させている手元の風の渦を見て、なにかが足りない気がした。


「きゃっ」


「セレナちゃん!」


 小さな悲鳴が聞こえる。


 ワイバーンが尾を振りおえたあとらしい。


 攻撃によって倒れたセレナを、となりにいたイーリスが心配していた。


 翼と一体になった腕の爪でさらなる追撃がくるも、イーリスが槍でそれを防ぐ。


 セレナは倒れたまま、ピクリとも動かない。


 リフィも心配しながら、新たなライトニングボルトを唱えていた。


 稲妻を受けながらもワイバーンはまだまだ余裕がありそうだ。


 僕がアイツを、もっと早く倒せていたら。


 手元に風をとどめながら、僕のなかでなにかがこみあげてくる。


 倒れて動かぬセレナが襲われないよう、イーリスが今も槍でアイツを抑えていた。


 槍……そうだ、槍がいい。一点を貫く槍。


 想いが手元の風をより細く、より小さく収束させ、風は槍の形をした。


 これ以上仲間を傷つけさせるものか。


 セレナを傷つけた、アイツを貫け!


「ランス!」


 言葉とともに風の槍は放たれ、ワイバーンを直撃する。


 ワイバーンが地に伏し、刺さった風の槍が砕けると周囲に風が広がり。


 そして風がおさまるころには、魔石だけが残っていた。


「いま治しますね、ヒーリング!」


 イーリスは、倒れたまま動かないセレナのそばにいき、回復魔法をかける。


 リフィも足早に近づき、様子をうかがっていた。


 セレナ、大丈夫かな……。


 心臓がバクバクと音を立て、不安をかきたてる。


 震える足を無理やり進め、みんなのもとへ歩み寄った。


 回復魔法を受けながらも、瞳を閉じて微動だにしないセレナがそこにはいた。


「そ……そんな……」


 僕は胸が張りさける思いで、目には涙があふれ。


 そのときセレナの手が、ピクリと動く。


 瞳が開かれ、上体を起きあがらせたセレナは辺りを見回した。


「痛みが残ってたりはしませんか?」


 ホッとしながら聞くイーリスに、セレナは座ったまま「大丈夫」と答える。


 リフィも「よかったー」と笑顔を見せた。


「めざめて安心しました。ワイバーンならエミルくんが倒してくれましたよ」


「エミルが風の槍みたいなので、どーんって! 既にある魔法の形をあんなに変えちゃうなんて聞いたことないよ!」


 イーリスとリフィが、なにがあったかセレナに説明している。


「そう、だったんだ」


 穏やかな表情でつぶやくセレナに、僕は抱きついた。


「うう、よかっ、よかった……!」


 涙をこらえきれず、泣き声まじりになってしまう。


「エミル、よごれるよ?」


「いい! いいよ! セレナが無事なら! もっと早く倒せなくてごめんね!」


 戦いでついたよごれをセレナは気にしたが、僕はそのまま抱きしめ続けた。


「でもちゃんと倒して、助けてくれたから」


 泣きやまぬ僕に、セレナも抱き返してくる。


 みんなを守れるよう、もっと強くなろうと、僕は心に誓った。



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