第6話 ビッグスライム


 翌日、冒険者ギルドで依頼を受け、街から少し離れた森へやってきていた。


 綺麗な花がちらほらと咲く森の道を、僕たち4人は歩いている。


 この森では最近、多くのスライムが目撃されていた。


 そのため人に被害が出ないようスライムの退治と、可能であれば増えた原因の調査をするのが今回の依頼内容となっている。


「スライム退治か、ワクワクするな」


「エミルくんにとって、初めての依頼になりますものね」


 はやる気持ちの僕を見て、イーリスは嬉しそうに目を細める。


「エミルの魔法ならスライムくらい、たとえ何万匹こようが問題ないよ」


「それなんだけど試したいことがあって、今回僕は魔法を使わず戦っていいかな?」


 両手を挙げて楽しそうなリフィの発言につづき、僕は木剣を握りしめて答える。


 僕の剣が実戦でどこまで通用するのか、試してみたかった。


「無理、しないでね」


 セレナは心配しながらも、僕が魔法を使わないことに納得してくれた。


 そのあとイーリスとリフィからも了解を得られ、スライム相手に力試しをすることにした。


「向こう、たくさんいるよ」


 獣人であるセレナが、いち早く気づく。


 僕たちは気を引きしめながら、その方向へ進んでいった。





 進んだ先には、半透明な液状の小さいモンスターであふれていた。


 スライムだ、パッと見た感じでも数十匹はいそう。


「数が多いですね。強いモンスターではありませんけど、油断せずにいきましょう」


 イーリスの言う通り、スライムは強くない。


 ランクのなかでも一番低いEランクのモンスター。


 動きはゆっくりで、身体のなかにある核を壊せば倒せる。


 戦いの経験がない人でも武器を持てば対処できる相手だ。


 とはいえ人を襲う、危険なモンスターであることに変わりはない。


 僕は木剣を構えると、1匹のスライムに斬りかかった。





「はあ……はあ……」


 肩で息をする僕の周りには、多数の赤い石が転がっている。


 スライムが落とした魔石だ。


 モンスターは倒すと消滅し、必ず魔石を落とす。


 ただし転がっている魔石は、僕ではなくみんなが倒したもの。


 僕はまだ、最初に斬りかかったスライムに手こずっていた。


「ええいっ!」


 何度目の攻撃か。


 僕が振るった木剣がスライムの核へと届き、ようやく倒すことができた。


「お疲れさまです。すぐ回復をしますね」


「いや、攻撃はほとんど受けてないから大丈夫」


 イーリスが回復魔法を使おうと近づいてくるも、それをことわる。


 なかなか倒しきれなかったけど、僕自身に傷はなかった。


「それよりほとんどみんなに倒してもらってごめん」


「気に、しないで」


 僕の言葉に、セレナが首を横に振る。


「このくらい楽勝だよ。エミルも魔法使えば一発で、どーんでしょ」


 リフィが笑いながら言うように、魔法を使えばもっと簡単に倒せたとは思う。


 逆に言えば、魔法抜きでの僕の力はこの程度だ。


 くやしいけど仕方ない。


 むしろ今の実力と今後の課題がわかったことを、喜ぶべきか。


 これからもっと、強くなろう。


「なにか、近づいてくる」


 そう言ったセレナが向ている方を、みんなが見る。


 少しして、大きなスライムが木々を揺らしながら、ゆっくりとやってきた。


 さっきまでのスライムと似てるけど、大きい、それもかなり。


 イーリスよりもかなり大きく、その高さは2メートル近くあるかもしれない。


「あれはビッグスライム! Bランクモンスターで動きこそ遅いですが、あの大きさゆえに攻撃が核まで通りづらく、耐久力だけでいえばAランクモンスターにも引けを取らない相手です」


「ようはスライムなんだし倒せばいいんだよね。いっけー、ライトニングボルト!」


 イーリスの言葉を聞き、リフィが雷の初級魔法を唱えた。


 するとリフィの伸ばした右手の先から、一筋の稲妻が放たれる。


 同時にセレナも、2本の短剣を手に、素早く近づき斬りつけた。


 ビッグスライムは稲妻と斬撃の両方が直撃しながらも、まるで効いてない様子だ。


「そんな、全力で撃ったのに!?」


 攻撃が効かずに驚くリフィと、困ったようにしているセレナ。


「ビッグスライムはスライムを増やすと聞きますし、増えたのはこのせいだったのでしょう。原因も分かりましたから報告のためにも、ここはいったん退きましょうか」


 イーリスが撤退を提案する。


 依頼は達成したし、手に余るモンスターが現れたのだから、もっともなことではある。


 でもビッグスライムがこの森からいつまでも場所を変えないとも限らない。


 ここで倒せるのであれば、倒しておく方がいいよね。


「僕が魔法でやってみるよ」





 魔法に巻き込まれないよう、みんなには僕の近くにきてもらった。


 目の前のビッグスライムを倒す。


 それだけでなくできれば地面や周囲の木々を削らぬように、魔法を制御したい。


 そう思ってはいるけど、果たして僕にうまくできるだろうか。


 身体が緊張していくのを、はっきりと感じていた。


「エミルくんなら、きっと大丈夫ですよ」


 僕の様子を見て、イーリスがほほえむ。


「思いっきりやっちゃえ!」


「エミル、がんばって」


 リフィが右手を挙げて、セレナもこちらを見つめて応援してくれた。


 みんなのおかげで、こわばっていた身体から余計な力が抜けていくのを感じる。


 できるだろうかという不安は、してみせるという思いに変わっていた。


「うん。みんなありがとう」


 僕はうなずくと、ビッグスライムの方へ両手を向ける。


「ウインドストーム!」


 魔法を唱えると、両手の先から風の渦が放たれる。


 それは大きいものの、以前と比べると細く小さくなっており、しかし威力は変わっていないであろう手ごたえがあった。


 放たれた風の渦は、ビッグスライムへと伸びていき。


「ここだ!」


 当たったところで上へと軌道を変え、ビッグスライムごと空へのぼっていった。


 よし、狙い通り。


 風の渦を細く収束しゅうそくし上空へ曲げる。


 そうすることで今回は地面や木々がほとんどえぐれずにすんだ。


「すごいよエミル! 大きさギュッてして軌道もガッとすごい変わってたね!」


「それに今回も強力なモンスターを一撃でしたし、さすがです」


「エミル、かっこいい」


 みんなから褒められ、少し照れてしまう。


「そうかな、できるか不安もあったけど、ちゃんとできてよかっ――」


 べちゃり。と空からなにかが降ってきた。


 ビッグスライムの一部が、僕たち4人にそれぞれかかってしまった。


「あ、あれ、ちゃんとできてなかったかな……」


「べとべと、する」


 あわてる僕のとなりで、セレナは自身の顔にかかったものを手でつまむ。


「あうぅ、私もついちゃった。魔石はそっちに落ちたけど、魔石になる前に切り離されたところは倒しても消滅せず残っちゃうんだっけ」


 リフィも顔をゴシゴシし、ついたものを落としている。


 ああ、そうだったんだ。


 残るとは知らなかったし、上に飛ばしたあとのことまでは想像してなかった。


「あらあら、みんなよごれてしまいましたね。そういえばこの森には湖があるんですよ。せっかくですし、そこで洗い落としていきましょうか」


 イーリスの提案もあり、僕たちは森の奥にある湖へ向かうことにした。


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