第2話 落ちこぼれの秘めた力


 故郷を追放された僕は、となりの街へ向けて街道を歩いていた。


 今の手持ちは模擬戦や鍛錬で使う木剣くらいでお金はまったく無い。


 街についたらまずはお金をなんとかしなきゃ。


 以前からなりたいと思っていたものもあるし、それで稼げたらいいな。


 そんなことを考えながら歩いていると。


「きゃああああ!」


 悲鳴だ! 向こうからか。


 僕は道をそれて声がした方へと、急いで駆け出した。





 その場には2人の女性と1体のモンスター。


 モンスターは首から上がなく、頭の代わりに炎が揺らめく鎧の騎士。


 首無し騎士のデュラハンが剣と大盾を手にして立っている。


 少し離れた場所で僕がその状況を見つけたのとほぼ同時。


 背の高い女性が槍を振るうも、デュラハンに剣で弾かれる。


 弾かれた槍は女性の手を離れ、後方の地面に突き刺さった。


 飛ばされた槍の近くには、もう1人の女性、背の低い女の子が倒れていた。


 生きてはいるけど意識がなくケガをしているように見える。


 彼女たちの命が危機にさらされているのは明らかだった。


 デュラハンはこの辺りにはいないはずの危険なモンスターだ。


 僕が戦っても勝てる相手じゃない。


「うおおおおおおおおおお!」


 だから僕は木剣を手に、ありったけの大声を出して向かっていった。


 デュラハンの注意を引きたいのもあるが、なにより勇気を奮い立たせるために。


 昔、じいちゃんが言っていた。


 冒険者は困っている誰かからの依頼を受けて、それを解決する。


 困っている人を助けるのが冒険者なんだ、と。


 冒険者だったじいちゃんみたいに。


 困っている誰かを助けられる、そんな冒険者ひとに僕はなりたい。


 木剣を振りかぶりデュラハンに飛びかかるも、大盾で軽々と受けられてしまう。


 防がれたが注意を引けたし、ここまでは問題ない。 


「僕が相手をするから倒れてる子を連れて逃げて!」


 近くにいた女性に、そう叫んだ。


 勝てる相手じゃないけど、彼女たちが逃げる時間くらいは作ってみせる。


「ですがあなたは」


「いいから早く!」


「……わかりました。少し待っててください」


 彼女は言うと、後ろで倒れている女の子の方へと走り出す。


 待っててという言い方が少し気になったけど、たぶん逃げてくれるだろう。


 それよりも目の前のデュラハンに集中しなければ。


 デュラハンがこちらに対して、剣を振るってきた。


 木剣で受けるわけにはいかない、僕は大きく動いて回避する。


 さらに相手の剣が何度も振るわれたが、それを必死によけ続けた。


 村での模擬戦は負けてばかりだったけど、その分たくさん攻撃を受けてきたんだ。


 相手の剣の動きに注視し、回避に専念していれば僕でも多少はよけられる。

 

 よけ続けてる間に2人が逃げられたら、僕も隙をついて逃げよう。


 きっと大丈夫と、そう思っていた。


「がはっ!?」


 僕は不意の一撃をくらい、吹き飛ばされる。


 注視していた剣ではなく、大盾を突き出して叩きつけられた。


 倒れた身体を起こして立ち上がろうとするも、足に痛みが走る。


 吹き飛ばされたとき、右足を変なふうに打ち付けたみたい。


 盾で叩きつけられただけで、斬られたわけじゃないのはよかったけど。


 早く起きあがらなきゃいけないのに……くっ、あ、足が。


 しゃがみこんだままの僕の方へ、デュラハンが歩いてくる。


 この足ではさっきまでのように動くのは難しい。


 思うように動けないのだから、僕が生き残るのは無理そうだ。


 それならせめて彼女たち2人が逃げ切れるよう、1秒でも多く時間を稼ごう。


 足はまともに動かない、木剣はさっき吹き飛ばされたとき手元から無くなった。


 そんな今の状況で僕にできること。


 近づくデュラハンに向けて、僕は両手を前に出す。


 今まで試してみて1度も使えたことはないけど。


 危機的な状況によるものか。昨日、初めて魔法を見たからか。


 魔法を使おうと決めたら、いつもとは違う感覚が身体にあった。


 もしアイツを少しでも吹き飛ばせれば、彼女たちが助かりやすくなる。


 これまでできたことはないけど、今その力が必要なんだ。


 助けるために、僕に力を!


「ウインドストーム!」 


 魔法名を口にすると、両手の先から風が発生した。


 それは大きなうずとなり放たれる。


 放たれた巨大な風の渦が、デュラハンに向かって一直線に伸びて。


 激しい音とともに全てを吹き飛ばすかのような風の渦は、デュラハンを飲み込む。


 風が止んで静かになると、目の前には広くえぐれた地面と、小さな赤い魔石が1つだけ残っていた。


 魔石があるということは、デュラハンを倒せたんだ。


 それにしても魔法はこんなに大きな力が出るなんて、知らなかった。


「わっ、わわっ! デュラハン倒しちゃうなんてすごい、すごいよ!」


 さっきまで倒れていた女の子が、元気よく近づいてきた。


 倒れてるときもっと重傷に見えたけど、そんなに動いて大丈夫なのかな。


「助かりました。とても勇敢でお強いのですね。今おケガを治しますから」


 背の高い女性も槍を手に持ち、こちらへやってきた。


 彼女はしゃがんで槍を置き、僕の右足に手を近付けて「ヒーリング」と唱える。


 右足が暖かい光に包まれ、少しずつ痛みがやわらいでいく。


 数秒ほどすると傷は完全に回復していた。


 そうか、さっき倒れてた女の子もこの回復魔法で治ったのか。


 彼女たちの様子を見るに、逃げずに僕のもとへ駆けつけようとしてたみたい。


「ありがとう。もう痛くないよ」


 僕はお礼を言って立ち上がる。


「あなたは命の恩人ですから、むしろ私の方こそ感謝しています。もしよろしければお名前を教えてもらえませんか?」


「僕? 僕はエミルだよ」


「エミルくんですか、ステキなお名前ですね。私はイーリスといいます」


 ほほえんでいるイーリスを、僕は改めて見る。


 ピンク色の綺麗な長い髪。温和な印象を受ける整った顔立ちは安心感を覚える。


 背が高くてスタイルはいいのに、とても豊かで包容力がありそうに思えた。


「私リフィ! あなたが助けてくれたのね、ありがとうだよ!」


 もう1人の女の子はリフィというようだ。


 輝くような金髪のツインテール。とがった小さい耳から、エルフなのが分かる。


 表情豊かで愛らしくも、美少女と呼ぶにふさわしい神秘的な見た目だ。


 小柄で背は僕とほぼ同じだけど、一部がイーリスに引けを取らない存在感があり、リフィが元気に動くたび、動きに合わせて胸元も大きく揺れて、ドキッとする。


 僕はドキドキするのをごまかすように、口を開いた。


「魔法が使えたのはこれが初めてだし、勝てたの偶然だけどね。イーリスもリフィも、2人が無事でよかったよ」


「あんなにすごい魔法なのに、エミルあれで初めてなの!? だって唱えたの初級のウインドストームでしょ。上級魔法だって普通はあそこまで威力出ないよ」


「それに魔法が初めてということは、本当に命懸けで助けてくれたのですね。あなたの優しさに、どうお礼をしたらいいか」


「お礼なんていいから。それより2人はここでなにをしてたの?」


 お礼が欲しかったわけじゃないし、僕はあわてて話を変えた。


「私とリフィちゃんは冒険者でパーティーを組んでいまして。依頼の品を採取し終えて、レスティアの街へ帰るところだったのです」


「途中でデュラハンに出会ってね、ほんとびっくりしちゃった」


「えっ、2人はレスティアの冒険者なの? 僕もその街で冒険者になりたいと思ってたんだ。年齢で断られたりしないか心配だったけど、僕と同じくらいの子のリフィが冒険者してるの知って安心したよ」


「冒険者になるのに年齢の決まりはありませんから、大丈夫ですよ。ただリフィちゃんに関しては、えっと」


 イーリスは頬に手を当てながら困ったようにしている。


 あれ、僕なにかおかしなこと言ったかな?


「ふっふっふー。私は20年生きてるのよ」


 リフィが笑顔で胸を張っていた。


 えっ、僕よりそんなに年上なの?


「リフィちゃんは私よりお姉さんなんですよ。エルフは私たち人間とは成長のしかたが異なりますから」


「そ、そうだったんだ。勘違いしちゃってごめんね」


 動揺する僕に、リフィは「んーん、気にしないで」と笑って答えた。


「それよりさ、エミル冒険者になるつもりなんだよね。じゃあさじゃあさ、私たちの冒険者パーティーに入ってよ。エミルが一緒にいてくれたら私、嬉しいな! ねっ、イーリスもそうでしょ?」


 リフィが楽しそうに僕を勧誘しつつ、イーリスの方を向く。


「もちろんです。私もぜひ一緒にいたいと思いますし、エミルくんさえよければ大歓迎しちゃいます。ただ1つ気になるのは、エミルくんの実力でしたらAランク、いえ今は誰もなれていないSランクにさえいずれ届くかもしれません。そんなエミルくんと、Dランクの冒険者である私たちでは、不釣り合いですよね」


 イーリスは言い終わると視線を落とし、残念そうにしている。


 それを聞いたリフィも「あー、そっか」とうつむいた。


「不釣り合いだなんてそんな。むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。村を出るのは初めてで、街のことも冒険者のこともわからない僕だけど、それでも仲間に入れてくれる?」


 僕の言葉を聞いた2人が、パッと顔をほころばせ。


 そして。


「エミル、見つけた」


 少し離れた場所から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。





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